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尾崎豊「ALL TIME BEST」ハイレゾ配信記念特集 ハイレゾで尾崎豊が蘇る 【第二章】 あの”瞬間”が蘇る
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尾崎豊の才能を見出し、開花させ、世に送り出した伝説のプロデューサー、須藤晃。
『ALL TIME BEST』に収録されている楽曲ももちろん、すべて彼がプロデュースしたものだ。ギター1本で録音されたデモテープの段階から、リスナーの耳に届く最終形までの全過程を知り尽くした須藤晃が、『ALL TIME BEST』ハイレゾ版について、そして在りし日の尾崎豊について語る。
そこからは、ハイレゾが持つ新たな意味もまた見えてくる。

須藤 晃 音楽プロデューサー・作家
1952年8月6日 富山県生まれ。
1977年東京大学英米文学科卒業後、CBSソニー(現SME)入社 1996年より(株)カリントファクトリー主宰 尾崎豊、浜田省吾、村下孝蔵、玉置浩二、トータス松本、馬場俊英らと音楽制作のパートナーとして数々の名曲を発表。 言葉(歌詞)にこだわったプロデューススタイルでメッセージ性の強い作品を生み出し続けている。
須藤 晃

歌というのはその人の心情や感情がこもった爆発的な表現

──須藤さんのレコーディング哲学と言いますか、レコーディングに当たってのモットーや考え方について、まずはお聞かせください。

須藤:
レコーディングというのはベストの音を追求していくものではなくて、その日その日を記録(レコード)していくものだと、僕は感じています。歌う人が鼻声だったり、ミュージシャンが疲れていたりということがあっても、それをそのまま記録する。つまり、僕にとってレコーディングというのは、そこでみんなが集まって音楽を作ったドキュメンタリーを録っているということなんです。

──では、須藤さんにとってハイレゾとは?

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須藤:
たとえばの話ですが、ビートルズがなんであんなに売れたかって言うと、みんなジョン・レノンの歌声が好きだったからだと思うんですよ。人にとって心地よい音というものは共通していると思うんですよね。例えば、電波状況が悪い携帯電話で聞く音声は嫌で、クリアな音声は望ましい。これは誰もに共通していますよね。それと同じように、すでにある音をもっと人の耳に心地よく、聴きやすくする、解像度を高めてクリアにしていく。ハイレゾというのは、そういうことなんだと思います。

──『ALL TIME BEST』ハイレゾ版ももちろんお聴きになったとのことですが、音質についていかがでしたか?

須藤:
例えば尾崎さんが、前の音を少し伸ばしすぎたから、そのあとものすごく急いでブレスしてる、みたいなところがはっきりわかったりして、ああ、そうだ、そうだったって思い出しましたね。これまでレコードやCDで聴いているときには気づかなかったことです。オーディオに関してみんながこれほどこだわるってことは、まだ人間の耳が心地いいって思うところまでまだ距離があるっていうことなんですよね。僕みたいに実際にその音を録った人間としては、目の前にアーティストがいて、そのときのいろんな状況があって、それら全部がドキュメンタリーとして僕の中でひとつになっているという感じなので、ハイレゾで聴くとそういったドキュメンタリーも思いだすことができました。

──ハイレゾ音源で聴くと特に、須藤さんが尾崎さんのボーカルをどこまで生々しく記録できるかに力を注いでいたことが伝わってきます。

須藤:
僕はどんなアーティストにも、ボーカル・ダビングは1回しか歌ってもらわないんです。多くて2回。ライブ本番にやり直しがないのと同じですし、歌というのはその人の心情とか感情とかがこもった爆発的な表現だと思うんですよね。それは例えば、求愛のようなものです。“あなたが好きなんだ”って言うときに、“失敗したからもう1回やらせてもらえますか?”というのはあり得ない。それと同じです。1回か2回しか歌ってもらわないという僕のそのやり方が、結果的に歌に力をつけたんじゃないかなという気はしますね。これは尾崎さんに限らずです。

「Forget-me-not」のレコーディングは、とにかくすごかった

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──須藤さんが尾崎さんの歌を初めて聴いたときの印象は、どういうものだったのでしょうか?

須藤:
歌じゃなくて、こうして話をしていても、言っていることが嘘っぽく聞こえる人と、そうじゃない人がいると思うんですよね。声の感じとか、しゃべり方とかによって。僕がアーティストと仕事をするとき、最大のポイントはそこです。歌っていることが本当のこととして聴こえる人が好きなんです。尾崎さんと知り合ったのは、まだ僕もディレクターとして全然キャリアがないころでしたけど、最初にデモテープを聴いたときに、歌っていることが全部本当に聴こえるなと思いました。

──声質についてはどんなふうに感じましたか?

須藤:
ハイトーン系の澄んだ声で、叙情派フォーク系だと思いましたね。さだまさしさんとか、岸田智史さんとか、因幡晃さんとかのタイプで。シャウトする感じは全然なくて、しっとりしていました。

──でも、デビュー時にはもうロックのイメージも濃くなっていましたね。

須藤:
僕は当時、浜田省吾さんのディレクターもやっていたし、佐野元春さんとも仲が良かった。だから、尾崎さんがその後に続く存在になるんだったら、もっとロックっぽいほうがいいな、ビートが強いもののほうがいいなと思ったんです。それで、浜田さんと佐野さんのツアー・バンドのメンバーでデビュー・アルバムをレコーディングしたんですよね。だから、必然的にロック色が強くなったんです。

──それに伴って尾崎さんは、シャウトもするようになったわけですね。

須藤:
デビュー・アルバムのタイトル・ナンバーになった「十七歳の地図」は、最初はもっとカントリーみたいな曲だったんです。歌詞はすごく良かったんだけど、曲は間延びした感じで。だから、アレンジャーの西本明君にすごくビートの利いた感じにしてもらって、尾崎さんにもともとのメロディーを1オクターブ高く歌ってもらったんです。そしたら、それがシャウトになったんですね。

──ロック・シンガーとしての尾崎豊の誕生ですね。

須藤:
新宿ルイードでのデビュー・ライブ(1984年3月15日)のリハーサルのとき、尾崎さんはスタジオに革ジャンを着て、アコギじゃなくてテレキャスターを持って来たんです。そのときに「そっちのほうが全然カッコイイよ」って言ったんですけど、その時点でもう本人もロックをイメージしてるんだなと思いましたね。

──今回、ハイレゾ・マスタリングを担当したエンジニアの鈴木浩二さんは、1985年のアルバム『壊れた扉から』でアシスタント・エンジニアを務めていらっしゃいます。歌詞が上がるのを待って、明け方に「Forget-me-not」を一発録りしたお話も伺いました。

須藤:
「Forget-me-not」は2回歌いましたね。1回目のテイクをOKにしましたけど。あれは確かに、尾崎豊を象徴しているレコーディングでしたね。他の収録曲はすべて録音が終わっているのに、「Forget-me-not」だけ歌詞ができない。今日録音しないと(予定していた尾崎豊10代最後の日に)発売できないという日にも全然できていなくて、1回家に帰りたいと言うから帰らせたんですよね。午後6時か7時ごろだったと思うんですけど、12時までにスタジオに戻って来ないと間に合わないからと念を押して。でも、全然戻って来ない。それで、もう半ば諦めながらも、みんなスタジオで寝もしないで待っていたんですよね。そしたら明け方5時ぐらいですかね、いきなり、スーツを着て、ネクタイも締めて、ワインを2本と寿司の折り詰めを持って、尾崎さんが入ってきたんですよね。「みんなでこれ食べてください」って言うから、「何言ってんだよ。歌詞はできたの?」って訊いたら「できました」って、それですぐに歌ってもらったのがあれです。もう身体の震えが止まらないぐらいすごくて……この人、このまま死んじゃうのかなと思うぐらいすごかった。あれが僕にとっての、尾崎豊の最も鮮烈な思い出ですね。

克明な音から、その瞬間、場面場面が全部甦ってくる

ここで改めて須藤氏に、ソニーのマルチオーディオプレーヤーシステム「MAP-S1」とスピーカーシステム「SS-HW1」を使って、尾崎豊のハイレゾ音源を試聴していただいた。楽曲は、須藤氏にとっても最も鮮烈な思い出が残る「Forget-me-not」だ。

──「Forget-me-not」ハイレゾ版を聴いてみた感想はいかがですか?

須藤:
すごいですよね。リズムのノリがおかしいところとかもいっぱいあるんだけど、そんなの関係ないですもんね。尾崎さんは全部で71曲を録音したんですけど、後にも先にもスーツを着てネクタイを締めて歌ったのはこれだけです。なんだか、この曲を歌うために尾崎さんは存在した、っていう気さえしますね。自分にとっては実はとても重たい曲で、デリケートな曲でもあるんです。Forget-me-not=僕を忘れないで、ですからね。尾崎さんの死は、僕にとってとても悲しいことだったわけですから。……今から思うと、彼は10代で作った3枚のアルバムが特に優れているんですね。その10代の最後に録音した曲がこれなんですよ。この1曲のためだけでも、ハイレゾ音源が世に出たことは嬉しいです。

──当時、須藤さんがマスターテープに刻み込んだ尾崎さんの声が甦ってきたという実感はありますか?

須藤:
ものの見事に甦りますね。普段忘れていて、思い出そうとしても思い出さなかったようなことも一緒にいっぱい出てきます。その瞬間、場面場面が全部。この録音はどこのスタジオで、尾崎さんはどんな格好をしていて、ミュージシャンは誰だったかとか、そんなところまで全部甦ってきますよ。

──須藤さんの場合には、尾崎さんの声だけではなくて、そのときの世界すべてが甦ると言ってもいいんですね。

須藤:
でも、それは僕だけじゃないと思いますよ。尾崎さんのある曲と出会った瞬間というのは、あらゆる人にありますよね。それから、例えば「Forget-me-not」を何回も聴いていても、その中で最も印象的だった1回というのがあるわけじゃないですか。ハイレゾを聴くと、その“瞬間(とき)”のことがすべて甦るんじゃないでしょうか? 音というのは、鮮明な記憶になるんですよね。だから“克明”な音というのは必要だと思いますし、そういう意味でもハイレゾというのは必要なフォーマットなんだと思いますね。