Interview パーソナルフィールドスピーカー「PFR-V1」開発者インタビュー
山口 恭正
山口 恭正
(ヤマグチ ユキマサ)
スピーカー設計担当
1人の開発者の閃きから生まれたパーソナルフィールドスピーカー「PFR-V1」。 ヘッドホンでもスピーカーでも再現できなかった新たな音の誕生秘話を、 開発者が語る−−−。
1.そのアイディアは20年前からあったもの
山岸:
PFR-V1まずはこの形状に驚かれるのではないでしょうか?(笑)。一見すると変わった形のヘッドホンのように見えるかもしれませんが、この「PFR-V1」は、れっきとしたスピーカー。我々はパーソナルフィールドスピーカーと呼んでいます。
山口:
装着は、オーバーヘッドバンド式ヘッドホンのように頭の上からかぶり、左右2つの球体から出ている新開発エクステンデッドバスレフダクトを、耳穴の入り口に合わせるようにします。耳の横に球体が浮いている感じですね。この球体の部分がスピーカーの本体になり、ここからは中域、高域の音。エクステンデッドバスレフダクトの先に小さな穴が開いていて、そこから低音が出る仕組みです。
山岸:
なぜこんなスタイルになったかというと、実は“スピーカーを耳介の前に置く”というアイディア自体は20年以上前からあったものなのです。私は入社してからヘッドホンの開発、設計を7年ぐらい担当して、次にスピーカーの開発、設計にも関わっていたのですが、入社した当時から技術研究所というところでは、スピーカーを耳介の前方に置くと、ヘッドホンに比べて音の広がりがよくなるということが研究されていたのです。
photoただ、なぜ商品化され普及しないのかというと、低音を出すためには非常に本体が大きくなり、重くなってしまうのです。耳元や頭の先にスピーカーを載せるとしても、本体が重いと重心が悪く安定しない。そういった理由で、なかなか普及していませんでした。
山口:
私は山岸の1年後に入社したのですが、スピーカーを耳元に置くと音がよく聴こえる、という機構は聞いていました。ただ当時の技術ではなかなか実現できなかったんです。その後、20数年の間で、山岸が音響設計、私が機構設計という立場で一緒にいろいろなモデルを担当しました。それも変わったモデルが多くて、なぜか私のところによく回ってくるんですよ(笑)。
山岸:
それは普通は「え!?」と思うようなモデルでも、山口だったら「面白いね、やろうやろう」ってノッてくれるから(笑)。
山口:
photo確かにそうかも(笑)。ま、2人とも変わったものが好きで、それぞれ様々な商品を開発してきました。私が最初に担当したのは、防水型ウォークマンに付属した、防滴型のインナーイヤーレシーバー。あのときは水滴が入ってはいけないけれど、当然音は出さなきゃいけないということで、夏休み明けから3ヶ月ぐらいかけて撥水材の研究をしました。傍から見ると水遊びをしているようにしか見えないんですけどね。当時はまだ有名でなかったゴアテックスも実験しました。
その次はバイノーラル録音用のヘッドホン。耳のすぐ横にバーティカルヘッドホンとマイクロホンを配置したもので、耳のすぐそばのマイクで録音した音をヘッドホンで再生することで、すごい臨場感がある音になるんです。ただマイクとヘッドホンのドライバーユニットが近いので、すぐハウリングしてしまう。これを無くすのに苦労しました。
山岸:
ヘッドホンとマイクを使った技術は、今のノイズキャンセリングヘッドホンに繋がっています。あとは水泳選手用の防水型イヤーレシーバーかな。
山口:
そうそう。水泳選手が泳いでいるときも、プールサイドにいるコーチの声が聞こえるような完全防水のイヤホンを、という依頼があったんです。photoその当時は完全防水のヘッドホンがなかったんですが、ちょうど補聴器を担当するグループがあり、補聴器の耳栓を防水に改良して、音が聴こえるようにしようと。この辺りの技術は、今の密閉型イヤーレシーバーに応用されています。
変わったところではMDディスカムなんかもありました。MDで動画を記録するものなんですが、マグネシウムのダイキャストを使っていて、この製品でダイキャスト(金型鋳造法)に関する知識を得ました。他にも車載用のCCDカメラの設計、開発もやりました。カメラに水が入ってはいけない、錆びてはいけないという、かなり厳しい条件だったのですが、ゴムパッキンの技術を使いクリアしました。今考えると本当にいろいろな経験をしましたね。
山岸:
自分もヘッドホンのあとスピーカーの開発、設計に移って、カネゴンと呼ばれた「SRS-N100」や「SRS-Z1」という小型のアクティブスピーカーシステムなどを担当してきました。その過程で「SRS-AX10」という、スタンドに小型のスピーカーが付いている製品を発案したのですが、実はそれが「PFR-V1」の原型になっているんです。
山岸 亮
山岸 亮
(ヤマギシ マコト)
スピーカー音響設計担当
パーソナルフィールドスピーカーシステム
山岸 亮
2.ストロー1本から閃いた新たなスピーカー
山岸:
今までいろいろなスピーカーやヘッドホン、その他の製品を開発してきたんですが、2年前の11月にふと閃いたんです。「SRS-AX10」のスピーカーにダクトを付ければ低音が出るんじゃないかって。すぐに食堂にある自動販売機からストローを1本持ってきて、スピーカーに刺してみたんです。その瞬間、これはイケる!と思いました(笑)。それが「PFR-V1」を開発するきっかけですね。そこからコツコツと開発を進めていました。
山口:
私は山岸が「PFR-V1」のプロトタイプを頭に載せているのを見て、また変なことをやっているなって(笑)。ただ「PFR-V1」の企画を聞いたとき、あ、これはぜったいモノになるなって、ピンときたんです。で、ぜひ一緒にやりましょうと。
山岸:
ただ「PFR-V1」自体が、パーソナルフィールドスピーカーという新しいカテゴリーなので、まだモノになるか分かりませんし、私の閃きから始まったので、これ専門に人を集めるということが難しかったんです。この「PFR-V1」に関わった人たちは、昔一緒に仕事をしていたメンバーなんですが、実はそれぞれメインの仕事は別に持っていました。山口はリモコンの設計をやりながら、こちらを手伝ってくれたり、もう1人はマウスの設計をしていたりとか。私もマネージメント業務をメインでやっていて、もう実設計業務から卒業していたんですが、もともと開発が好きですからコソコソと。社内では「夏休みの自由研究」みたいなことも言われたりしましたね(笑)。
 
本格的に開発をスタートさせてみると、苦労の連続でした。プロトタイプはパソコン用のスピーカーユニットを使っていたのですが、それだと感度が足りず、音質的にもいまいちだったんです。それならばスピーカーユニットの設計から始めようと。ユニットの設計からできるのは、うちの強みですね。
またスピーカーの感度をさらにあげるための素材選びにも苦労しました。ヘッドホンであれば耳のそばにあるので、比較的感度を気にすることもないのですが、この「PFR-V1」は、耳からは離れている。離れていくと感度が低くなる。
それをカバーするために素材も厳選しました。スピーカーユニットに使っているマグネットは、440kj/m3という製品用としては最高レベルのものですし、パーメンジュールという普段は使われないとても高価な素材も使っています。これらはすべてスピーカーの感度、音質をあげるため。その製品にとって、一番特性のいいものというのはひとつしかないわけですから、それを選択していくと自然といいものを使わざるを得ないと。
ただそれは「PFR-V1」が小型であるという部分が大きかったですね。スピーカーユニットのフレームに液晶ポリマーという、木の響きに近い素材を使っています。これは振動版として使える素材です。「PFR-V1」では、この様に最高の性能、音響的に最高の素材を採用しています。大型スピーカーで同じ様な構成にすると、1個で何百万にもなってしまうと思います。
山口:
また素材の進化も「PFR-V1」が実現できた大きな要因のひとつですね。先ほどのマグネットに関しても、20年前に比べると性能が何倍にもなっている。昔無かった素材が使えたからこそ、山岸の閃きから商品化までたどり着けたんだと思います。
山口 恭正
photo
3.今までにないものだからこそ悩むデザイン
パーソナルフィールドスピーカー PFR-V1
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