動画ならではの表現で、野生動物を撮影してみませんか。
野生動物を動画で撮るおもしろさやコツについて、
写真家の井上浩輝氏にお聞きしました。
野生動物を
動画で撮るおもしろさ
写真家井上 浩輝
PROFILE 〉
写真と動画では、時間に対する考え方が大きく異なります。写真は一瞬を切り取るものなので、その前後がどうであれ、その瞬間が良ければ作品として成立します。しかし動画は、1カットの中に良くない部分があるとそのカットの見ばえが悪くなったり、ときには使えなくなってしまいます。そういった難しさもありますが、写真にはない「時間の流れ」を表現できるというおもしろさがあります。ぜひみなさまも、動画での作品づくりを楽しんでいただけたらと思っています。
僕は写真家として、見ていただける方々に“最高の瞬間”を届けたいと思って撮影しています。それは動画であっても同じで、数秒間のカットの中に、最高の瞬間をそっと詰め込んでいます。写真は最高の瞬間だけを届けることができますが、動画はそのカットの中にある最高の瞬間を、見ていただく方々に感じ取ってもらうしかありません。そのため、「最高の瞬間を気付いていただけるだろうか?見逃さないで!」という気持ちで動画作品を世に送り出しています。その不安の度合いは写真とは比べものになりませんが、一方では、最高の瞬間を見る人に託せる、解釈の余地の広さが動画の作品づくりの楽しいところだとも思っています。
動画ならではの
撮影設定
仕事でも動画を撮影している井上氏に、日頃から実践している
動画ならではの撮影設定について、教えていただきました。
とっさに切り替えられるよう
動画と写真の設定を登録
動物 | 風景 | 動画 | |
---|---|---|---|
シャッター スピード |
1/1250秒 | 1/50秒 | 1/240秒 |
絞り | F2.8 | F11 | 5.6 |
ISO | AUTO (1600まで) |
100 | AUTO (12800まで) |
露出モード | マニュアル | マニュアル | マニュアル |
ピクチャー プロファイル |
切 | 切 | PP7 |
動画と写真の撮影設定で大きく異なるのは「絞り」と「シャッタースピード」です。特に、動画と写真を1台のカメラで兼用される方は、撮影モードを変更した際など、その2点の数値を意識すると良いでしょう。僕は撮影モードを切り替えた瞬間に、F値とシャッタースピードを変更できるよう指の動きを習慣づけています。しかし、野生動物と突然出会ったときなど、とっさに対応できないこともあります。そんなときのために、登録呼び出しに動画と写真の設定をそれぞれ登録しています。
〈 動画撮影の極意 〉 5つの基本
写真と動画では、撮影のセオリーに違いがあります。
その中でも、基本となる動画撮影のいくつかのコツを、井上氏に教えていただきました。
1長めに撮る
動画撮影では、最低でも3〜7秒、余裕があればどんんどん長めに撮影するようにしています。撮影したい秒数に前後2〜4秒の余白的な録画ができると、編集のときに使うことができる部分が多くなることがあって安心です。
2寄り引きを意識する
動画を撮るときは、写真よりも引きで撮ることを意識しています。一般的な写真の画角は3:2ですが、動画の画角は16:9。最近では、シネマスコープ(2.35:1)やアメリカンビスタ(1.85:1)といった画角で動画を楽しんでいる方もいると思います。動画の画角は横の比率が長いので、引きで撮っておかないと上下が切れてしまいます。編集ソフトで手ブレ補正を行う際にも周囲がトリミングされるので、引きで撮っておく必要があります。
また、同じカットが7秒以上続くと間延びした映像に見えてしまうので、寄りのカットと引きのカットを両方撮影し、編集時に組み合わせています。カメラが1台しかない場合は、まず程よい寄りで撮影し、余裕があれば引きでも撮影します。1台で寄り引き両方撮るのが難しい場合は、サブ機の導入を検討してみるのも良いかもしれません。
3音は別に撮っておく
動画を撮ったら、撮影の前後に、音声だけ録音しておくことをおすすめします。撮影中は自分の息や足音、衣服が擦れる音など雑音が入ってしまうことが多いので、別撮りした音声を編集で合わせることがあります。このタンチョウの親子の撮影時は、周囲に見物する人もたくさんいたので、人がいない同時間帯に再び出向いて、音声だけ録音しました。
エゾリスがクルミを落とすシーンも、音声を別撮りしています。動画を撮影したあと、リスが再びクルミを落とすのを待って、クルミが落ちた音を録音しました。
4シャッタースピードを遅く
一般的に、動物など動きのある被写体を撮影する場合、写真ではシャッタースピードを速くしますが、動画では逆に、シャッタースピードを遅く設定します。シャッタースピードが速すぎると、カクカクとした不自然な動きになってしまうからです。なめらかに動く動画を撮影するには、フレームレートが30pならシャッタースピードは1/30秒、60pなら1/60秒が理想的です。
5状況に応じたAFとMFの使い分け
αに搭載されているAF性能はとても優秀で頼りになる機能です。動画撮影時も、タッチトラッキングによる高い追随性能で被写体にしっかりとフォーカスを合わせ続けてくれます。また、動画撮影では、AFが遅いレンズを使用すると映像にゆがみが起こりますが、αレンズならその心配がなく、より高精度にフォーカシングできます。
3匹の子ギツネが遊んでいるシーンは、MFで撮影しています。ピントの深さは、動物の動きを読み、顔の位置を予想して決めていますが、このときはキツネがどこを走るかわからなかったので、画面のどこにいてもピントが合うように、絞りを絞り込んでいます。
このシーンもMFで撮影しています。アオバズクは目をつぶったり、首を傾げたり回したりするときに、AFがターゲットを見失ってピント位置が大きくズレる可能性を考えたためです。3羽すべてにピントが合うように、被写界深度を調整しています。
これは、AFで撮れたシーンです。動物撮影では現場に着いた瞬間やバッテリーを替えた途端に…など、いつ何が起こるかわからないので、ことが起きたらあわてずにまずはAFでピントを置いて録画を始め、様子を見ながらMFに切り替えて撮影をすすめていきます。このときもAFで撮り始めましたが、図らずも穴から子ギツネが出てきてしまったので、AFのまま撮影を続行しました。子ギツネの鼻や目を次々に捕捉し、しっかりピントを合わせてくれました。
〈 動画撮影の極意 〉 応用編
さらにステップアップしたい方のために、応用編の動画撮影のコツを、少しだけご紹介します。
井上氏が愛用しているα7S IIIを例に教えていただきました。
S-Log2で明るめに撮る
S-Logで撮影する場合、僕はできるだけ明るめに撮影するようにしています。ハイライト部分が白とびしないギリギリのところまで露出を上げて撮影しておくと、編集でハイライトを下げる際、下げ幅に余裕ができ、調整しやすくなります。また、編集でシャドー部分を調整するとノイズが入りやすいので、そういった意味でも、できるだけ明るめに撮影しておくことをおすすめします。
プロキシー記録を活用する
αには動画を撮影する際、少し低い解像度かつ低ビットレートのプロキシー動画を同時に記録する機能があります。プロキシー動画を使えばPCに負荷をかけずに編集やプレビューができるので、効率よく作業が行えます。ただし、4K/120pの最高画質で撮影するときは、メモリーカードの書き込み速度が遅いとプロキシー記録ができない場合があるので、注意が必要です。
動画撮影の
機材と装備
野生動物の動画撮影で使用する機材と
装備について、井上氏にご紹介いただきました。
基本のレンズは、FE 400mm F2.8 GM OSS。野生動物の撮影は暗いシーンが多く、特に北海道の森の中は暗いので、開放F値2.8の明るさが威力を発揮します。焦点距離は400mmの長さが必要です。400mmよりも短いと、動物が逃げてしまったり、こちらを意識して自然な姿が撮れなかったりするからです。カメラは主に、α9 IIとα7S IIIを使用しています。α7S IIIのAF性能は秀逸です。動物瞳AFでのリアルタイムトラッキングに対応しているし、AFの合焦スピードも調節できるので、動画撮影時も躊躇なくAFが使えます。