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入選作 No.3

「生徒指導」

北大路京介

 生徒指導室のドアが、重たく軋んだ音を立てた。

 放課後の光はもう傾き、窓の外では吹奏楽部のトランペットが、遠くで音を外している。

 机の上には、一対のヘッドホン。ミッドナイトブルーの光沢が、蛍光灯の白に鈍く反射していた。


「大久保、座れ」


 生活指導の森本ケンタローが、書類の束を指でたたきながら言った。

 黒縁メガネの奥で、じっと観察するような目をしている。

 大久保アキトは、ポケットに手を突っ込んだまま、椅子に腰を下ろした。


「授業中にこれをつけてた、って報告があった」

「……音、出してなかったです」

「出してなかったらいいってもんじゃないだろ」


「でも、耳をふさいでただけですよ。世間の雑音をカットしてたんです」


 森本の眉がわずかに動いた。

「その“雑音”の中に、クラスメートの声も入ってるんじゃないのか?」

「……入ってますね」

「だろ。お前、逃げてるだけだよ」


 大久保は、少しだけ笑って目をそらした。

 机の上のヘッドホンに視線を落とす。

 その青は、深夜の海の底を思わせる色をしていた。


「逃げてるって、便利な言葉ですよね。大人って、すぐそれ使う」

「そう言うってことは、図星なんだろ」

「いや、ちょっと羨ましいだけです」


「羨ましい?」と森本が言った。


「先生たちは逃げる場所を持ってるじゃないですか。職員室とか、飲み屋とか。俺らは教室と家しかない」


 森本は、しばらく黙った。

 時計の針がひとつ音を立てて進む。


「……俺も昔、こういう色のヘッドホン持ってたよ」

「へぇ、先生も音楽聴くんですか」

「聴いてた。受験のとき。何もかも嫌になって、夜行バスの中で爆音で」

「何聴いてたんですか」

「アニメのサントラ」

「意外ですね」

「現実より主人公が頑張ってたから、元気出たんだよ」


 大久保の口元が、わずかにゆるむ。

 その笑みは、反抗的な態度の奥にある、年相応の顔だった。


「俺も、現実よりマシな音が欲しかっただけかも」

「そうか。じゃあ、次はその現実をちょっとマシにしてみろ」

「……そんな簡単に言いますけど」

「簡単じゃないから、練習するんだ。勉強も、人間関係も」


 森本はヘッドホンを指で軽く弾き、机の上をすべらせた。

「返す。没収解除だ」

「いいんですか」

「ただし、外で聴け。授業中は、現実を聴け」


 大久保は少し考え、ヘッドホンを手に取った。

「先生、これ……兄貴にもらったんです」

「そうか」

「兄貴、家出中なんですけどね」

「……そっか」


 沈黙が落ちた。

 窓の外の空は、群青から、ゆっくりと夜の色に沈んでいく。


「じゃあ先生、もう帰っていいですか」

「うん。ただし、寄り道すんなよ」

「寄り道って、どこまでがセーフですか」

「帰り道で空を見上げるくらいまで」


 大久保は笑った。

 ドアノブに手をかけ、出る間際、ふと振り返る。


「先生」

「ん?」

「ミッドナイトブルーって、夜の入り口みたいな色ですよね」

「いい言葉だな。詩人か」

「違います。現実逃避の練習中です」


 森本は苦笑した。


 生徒指導室のドアが閉まり、静寂が戻る。

 机の上の書類が少し揺れ、窓の外ではブラスバンドの音が、かすかに夜へと溶けていった。


 ──ミッドナイトブルーのヘッドホンは、

 まだ、ほんの少し温もりを残していた。

WH-1000X M6ミッドナイトブルー

カラー
ミッドナイトブルー/ブラック/プラチナシルバー
形式
密閉
ドライバーユニット
30mm
連続音声再生時間
最大30時間(NC ON時)/最大40時間(NC OFF時)
質量
約254g
対応コーデック
SBC、AAC、LDAC、LC3
付属物
キャリングケース
接続ケーブル
USB Type-C ケーブル