入選作 No.6
〜1000Xシリーズ オーナー賞〜
「眠れない夜は宇宙に続く」
幼い頃から、眠れない夜は小さな宇宙船で過ごす。これは一夜の宇宙旅行。誰にも教えたことがない、私だけの小さな習慣だ。
明かりを消した部屋で瞬きをすると、寝苦しかったベッドは宇宙船に変わる。広大な太陽系銀河に浮かぶ長方体の宇宙船だ。
宇宙はいつでも真っ暗だけれど、この宇宙船には地球では夜と呼ばれる時間に乗船するから、ミッドナイトブルー号と名付けている。
私はよく喉が渇くから、宇宙船にはいつでも飲み物が置いてある。ミッドナイトブルー号はコンパクトながら便利なのだ。時折起き上がってはお気に入りの天然水で喉を潤す。
私は聴くことが好きだから、ヘッドホンも置いてある。やわらかな歌声の曲を聴いたり、波の音を流したり、時折ラジオ番組を聴いたりなんかする。
まるで地球と通信しているみたい。
眠るためにくるまっていた毛布から一度抜け出して、その上に寝転ぶ。そういえば、毛布もちょうどミッドナイトブルー号にふさわしい深い紺色だ。ささやかな気付きに嬉しくなる。
重力のない宇宙には「上」も「下」もないけれど、私は毛布の上を屋上と呼んでいる。そこは真っ暗闇を見渡すことのできる絶景ポイントだ。
ヘッドホンから落ち着いた声が聴こえる。
今日はラジオアプリを開いてみた。なんとなく選んだ番組はラジオパーソナリティの声が心地良くて、こんな夜にぴったりだと思った。
パーソナリティの近況報告から始まり、リスナーからのおたよりを読むコーナーのあと、朗読のコーナーに続いた。パーソナリティが誰かに語りかけるように読み上げる。誰もがタイトルを知っている名作も、読む人の声色でがらりと雰囲気が変わるから不思議だ。
ぼうっと耳を傾けていると、眠れなくて少しささくれ立っていた心が穏やかになってくる。
今日は特別忙しい日でもなく、特別退屈な日でもなく、いつもと同じような一日だった。だから普段通り眠れると思ったのに、何故か目が冴えてしまってなかなか眠りにつけなかった。まるで身体が睡眠という行為を忘れたみたいだった。
人間というのはどうにも不思議で、時々こうして思い通りにいかない時がある。
やがて朗読のコーナーが終わると、パーソナリティは宇宙の話を始めた。なんておあつらえ向きなのだろう。まさか小さな宇宙船から聴いている人がいるとは思うまい。
話によると、この宇宙は約138億年前に誕生してから今日に至るまで膨張し続けているそうだ。膨張に逆らう力、つまりは重力もはたらいているけれど、今は膨張する力の方が強いらしい。
果たして宇宙はこれからどうなるのだろうか。宇宙の進化の最終段階についての議論は“宇宙の終焉”と呼ばれ、今もなお、結末は誰にも分からない。宇宙はこのまま終わらないかもしれないし、いつか重力が膨張する力に打ち勝って宇宙全体が収縮するかもしれないらしかった。
そんな話を聴いていると、なんだか自分がとてもちっぽけな存在に思えてくる。
自分だけじゃない。友だちも、家族も、日中にいた街中の人たちも、家に帰る途中に揺られた電車だとか、私たちが暮らすこの街も、宇宙全体からすると小さな小さな存在なのだ。
大地や海も、あんなに広大で無限に思えるのに、大きな宇宙のほんの一部でしかない。
途端になんだか寂しくて心細くなった。同時に、寂しさだけではない、不思議な気持ちも込み上げてくる。
私たちは、一人一人、ひとつひとつはちっぽけでも、寄り添い合って暮らしているのだ。まるで地球という小さな暖炉に寄り添い合っているように。
そう思うと、この世界に対して、前よりも少し優しくなれる気がした。
私がどんな人間でも、誰がどこで生まれて、どこで暮らしていても、みんな肩を寄せ合って生きているのだ。
地球って案外、いい場所なのかもしれない。
どこかに存在するかもしれない宇宙人だって同じだといいなと思った。
ヘッドホンから伝わる声が鼓膜から全身へ行き渡る。
私というちっぽけな生きものは、宇宙にとってほんのひとかけらで、でも確かに宇宙を構成するうちのひとつなのだ。
あんなに眠れなかったのが嘘みたいに、意識が徐々に沈み、やがて広い広い宙に溶けてゆく。
明日の私は、きっと今日の私よりも、もっと自分自身に対して優しくして向き合っていける。そんな気もした。
起きたらまずは少しだけだらだらして、それから陽の光を目いっぱい浴びよう。ぐいっと身体をほぐしたら、温かい朝食も食べよう。マグカップいっぱいのミルクティーと、焼きたてのトーストと作り置きのサラダとソーセージ。目玉焼きもあったら嬉しいけれど、そこは何時に起きられるかにかかっているだろう。
それから街へ出て、電車に揺られて、新しい一日が始まるのだ。
どこまでも続く宇宙の、地球という小さな惑星とともに、ミッドナイトブルー号は朝に向かって進んでゆく。

