人はなぜレコードに魅了されるのか\

Chamber 41
2019.12.13

<創刊2周年記念>
人はなぜレコードに魅了されるのか

WEBマガジン「B」は、11月3日で創刊から2周年を迎えました。これもひとえにご愛読いただいている読者のみなさまのおかげです。ありがとうございます。

ところで、当WEBマガジン「B」のデザインはアナログレコードをモチーフに作られていることにお気づきでしょうか。実は創刊日11月3日は「レコードの日」でもあるのです。そこで今回は2周年記念の特別編として、アナログレコードにスポットを当て、「人」と「レコード」の関係について迫ってみたいと思います。

東京・乃木坂にあるソニー・ミュージックスタジオで話を聞いたのは、ソニーミュージックグループ初のアナログ専門レーベル「GREAT TRACKS」のプロデューサーを務める滝瀬茂と、ソニー・ミュージックスタジオ唯一のカッティングエンジニア堀内寿哉。デジタル全盛期にもかかわらず、アナログレコードの制作に情熱を注ぐ男たちの音楽愛にあふれた対談をお楽しみください。

人はなぜレコードに魅了されるのか\

(写真・右)滝瀬 茂 | アナログ専門レーベル「GREAT TRACKS」プロデューサー
(写真・左)堀内 寿哉 | ソニー・ミュージックスタジオ カッティングエンジニア

――ソニーミュージックグループでは昨年、カッティングからプレスまでレコードの一貫生産が可能になりました。約29年ぶりの生産ラインの復活となるそうですね。まず、お二人はどのように出会われたのでしょうか?

堀内:「僕がカッティングエンジニアとしての仕事をスタートしたのが、ソニー・ミュージックスタジオにカッティングルームが新設された2017年。その頃から滝瀬さんにはお世話になっています。それ以前はマスタリングエンジニアとしてCD制作に携わっていました」

滝瀬:「僕は、2016年に『GREAT TRACKS』を立ち上げた当初はアメリカの別会社にお願いしてアナログ盤を製作していたんですが、ソニーミュージックグループでもアナログレコードを生産できる環境が整ったので、じゃあ試しにと少しずつ日本でも作るようになって。それで堀内くんと知り合いました」

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――このカッティングルームではどういった作業が行われているのでしょうか?

堀内:「ここで、アナログレコード製造用の『マスターラッカー』を制作します。使用しているカッティングマシンは1970年代に作られたもので、アメリカから取り寄せました」

滝瀬:「もう日本じゃ10台あるかないかではないでしょうか」

堀内:「貴重な機材なので、大切に扱っています。『ラッカー盤』に、カッティング用の針で溝を刻んでいくのですが、大きい音だったり音数が多かったりすると針のふり幅も大きくなる。次の円周の音溝とぶつかって針飛びしないように調整する必要があります」

滝瀬:「33回転のレコードだと、1周が1.8秒。それを計算しながら音を切っていくんですね。音質が良い外周側には重要な曲や音数の多い賑やかな曲、内側は引き語りとか音数の少ない静かな曲を入れる。レコードの曲順は、そうやって決めていたんですよ」

堀内:「最終的にマスター盤は再生せずに、音溝を見て完成させます。こういった技術を僕はこのスタジオで一から身につけていきました。こうして制作した『マスターラッカー』は静岡のプレス工場へと送られ、量産されます」

滝瀬:「カッティングエンジニアというのは宮大工みたいなものなんですよ。エンジニアの技術によって、レコードの音も大きく変わります」

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――滝瀬さんは80年代にレコーディングエンジニアとして数々の作品に携わっていたそうですね。あらためてアナログレコードに携わることになった際、どのような音を目指そうと考えましたか?

滝瀬:「80年代の輸入盤の音です。というのも、マイケル・ジャクソンの『オフ・ザ・ウォール』の輸入盤を聴いたときの衝撃が今でも忘れられないんです。それまで聴いてきた日本のレコードと比較しても明らかに音質が違う。その違いは何なのか、どうしたら同じような音が表現できるのか。それがレコーディングエンジニアになったきっかけでもありました。それからミックスの方法を変えたり、大御所のカッティングエンジニアに相談したり、試行錯誤してみたものの再現できない。そのうちにCDの時代を迎えてしまって、その答えが見つけられないままでいました。でも、定年を数年後に控えたとき、もう一度あの音を目指してみたいなと」

堀内:「『オフ・ザ・ウォール』のカッティングを手がけたのが、名匠と言われるアメリカのマスタリングエンジニア、バーニー・グランドマンですね?」

滝瀬:「そう。それでバーニーに、自分がレコーディングしたものをカッティングしてもらおうと門を叩きました」

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――他のレコードの音と何がそこまで違うのでしょうか?

滝瀬:「彼の切ったレコードは、すごくワイド感のある音になるんです。スピーカーは2本しかないのに、それ以上に音が広がって聴こえ、心地よさを感じる。パーカッションのアタックの音もピシャッ! とくるし、ドラムも前面に音が来る感じがして。スタジオで特別なことをやっているようには見えなかったので、おそらく彼のセンスと、使う機材の良さが影響しているんでしょうね」

堀内:「カッティングについても、すごく綺麗に切っている印象があります。音量によってこれくらいのピッチで切るんだなっていう感覚は彼のレコードからなんとなく掴めました」

滝瀬:「バーニーも高齢だし、引退する可能性も考えると今はできる限り彼に依頼しようと思っています。でも、少しずつ堀内くんに」

堀内:「でも、それによってバーニーさんがカッティングしたものを聴けるメリットが僕にもありますから。やっぱり名匠の技術に直に触れる機会があるというのは、大きなメリットです。勉強になります」

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――ちなみに、そのワイド感はCDでは再現できないものなのでしょうか?

堀内:「アナログとデジタルのワイド感って質が違うんですよね。アナログレコードには、超高音や超低音は記録することができず、情報量に制限があるので、単純に上下の音数を増やして出すワイド感とはまた違った表現になるんだと思います」

滝瀬:「感覚的なことですが、CDの音はペタッとしていて、前に迫ってくる感じがしないんです。レコーディングの際にスタジオで感じられた音の良さがプレーヤーで再生すると変わってしまう。CDよりも高音質なハイレゾ音源ならどうなのかというと、クリアで奥行きが感じられると思うんです。でも、レコードはクリアというよりは空気感が出るというか」

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――確かにアナログレコードとデジタルでは、同じ楽曲でも音が違うように感じます。

滝瀬:「レコードに録音された音は、電気信号が溝に刻まれるときに角が取れて丸みが出る。それで耳に心地良い音になるんだと思います」

堀内:「記録音域の制限があるからこそ、とらえるべきところをしっかりとらえた、振り幅の少ない滑らかな音になる。それが『アナログレコードっぽさ』というものにつながっているのかもしれません」

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――そういう音の違いこそ、人がレコードに魅了される理由と言えるでしょうか。予算や手間がかかるにも関わらず、お二人がアナログレコードにこだわり制作を続けるのはなぜですか?

滝瀬:「料理ってきちんと出汁を取れば美味しいものができるじゃないですか?手間をかければかけたなりの結果を感じられることがいいんです。レコードも同じで、そのために堀内くんは日夜研究を続けているわけです」

堀内:「僕はアナログレコードを聴いて育ちましたが、デジタル世代の人間でもあるので、CDやハイレゾ、配信などに加え、アナログレコードも音楽を聴く多様な選択肢の中の一つなのかなと思っています。ただ、アナログレコードは音を聴くうえでも手間がかかるので、『音楽を聴くぞ』という意思が必要。だから、最も音楽に正面から向き合えるメディアかもしれません」

滝瀬:「確かにデジタルに比べたら曲をかけるのにすごく手間がかかる。ジャケットから取り出して、針を落として。でも、それが逆に魅力なのかなと。レコードの溝が針を揺らして音が出てくる過程を目で見ることができるのもデジタルにはない魅力だと思います」

堀内:「音楽と向き合う所作と言いましょうか。こういう時代だからこそめんどくさいことを楽しめるってことなのかな」

滝瀬:「昔は今ほど娯楽が多様でなかったので、好きなアーティストが新譜を出すと発売日に買いに行くわけですよ。それでプレーヤーにレコードをセットすると、自然と正座をして聴いていました。だけど、最近は世の中が便利になりすぎたことで音楽の存在が希薄になってしまった気もします。人はいつでも聴けるものには耳をすませなくなってしまう。だから、昔のように音楽を楽しめる時代が来ればいいなと思います」

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――Webマガジン「B」は、B面がテーマになっています。アナログレコードのB面というと、隠れた名曲や実験的な楽曲が入っている印象があるのですが、お二人の中でのA面とB面に対する考え方について教えてください。

堀内:「僕個人の意見だと、A面は売らなきゃいけないという使命がある分、すごく試行錯誤しながら制作するんですよね。でも、B面は演奏や歌に余裕がある印象がありますね。いい意味で力の抜けた感じがあって、聴く側も素直に楽しめる」

滝瀬:「『隠れた名曲』ってそういう中で生まれるんですよね。遊び心があるというか。制作の立場としては『何であれをB面にしちゃったの?』って後から責められることもあるんですが、そもそも狙っている感じがないのが逆に良いんだと思います」

人はなぜレコードに魅了されるのか\

デジタル全盛期を迎え、私たちはいつでもどこでも手軽に音楽を楽しめるようになりました。だからこそ、アナログレコードならではの「めんどうくささ」と「心地よさ」が、今、見直されているのではないでしょうか。回るレコードのあたたかな音色に包まれて、目を閉じる。それはもう一度音楽と向き合うための、古くも新しい体験と言えるかもしれません。

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滝瀬 茂(右)

株式会社ソニー・ミュージックダイレクト/アナログ盤レーベル「GREAT TRACKS」プロデューサー
1980年音響ハウス入社。数々のレコーディングにアシスタント・エンジニアとして参加し、1985年MIDIレコードへ転職。坂本龍一、矢野顕子、大貫妙子、EPOなどのレコーディング・エンジニアとして活躍。EPIC・ソニーに転職後、佐野元春の制作ディレクターとして手腕を発揮する。現在はソニー・ミュージックダイレクト制作グループ制作1部で部長を務めている。

堀内 寿哉(左)

株式会社ソニー・ミュージックソリューションズ/ソニー・ミュージックスタジオ カッティングエンジニア
大学在学中にアルバイトとしてキャリアをスタートさせ、その後マスタリングエンジニアに。ゲームミュージックからジャズ、ロック、ポップス、クラブミュージックまで幅広いジャンルの作品を手掛ける。2000年代初頭には、ソニーミュージックグループが所有する過去のマスターテープのデジタルアーカイブ化に尽力。2017年からは社内唯一のカッティングエンジニアとして活動している。

<編集後記>

WEBマガジン「B」は、主に法人のお客さまを対象にビジネスに関するテーマを多様な切り口で取り上げ、定期的にお届けしております。今回の取材では、ソニーミュージックグループ協力の元、近年、古くからのオーディオファンだけでなく、デジタル世代の若いファンからも注目が集まっているアナログレコードを特集しました。一見、ビジネスとは縁遠いテーマのようですが、「アナログ」のもつ魅力に触れていくうちに、「人の感性に訴えるビジネスソリューションとは何か」といった本質的な問いを考えるきっかけにもなりました。お客さまのニーズに合わせて最先端の技術や製品・システムを組み合わせ、ご提案することで皆さまに“感動”をお届けしたい。そういったビジネスソリューション(ソニーの「B面」)に通ずるヒントが「アナログ」の中にもたくさんあるように感じました。

(WEBマガジン「B」編集部)

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