 |  | 人間の言語を理解しながら色や形の違う積み木を並べ替えるプログラム「SHRDLU」は、人工知能の道を切り開いた象徴として取り上げられることが多い。1971年にマサチューセッツ工科大学のテリー・ウィノグラード氏が自然言語の研究から開発したプログラムのひとつだが、この段階では、ブラウン管の中で演じられる小さな世界の出来事に過ぎなかった。 20世紀末になって、小世界の枠(フレーム)から飛び出した人工知能はロボット「AIBO」となり、人間の言葉を理解して自律的に行動する実体として誕生した。まだ理解できる言語の数は限られているが、その数を増やしていくことは今後のAIBOの開発テーマのひとつでもあるようだ。 だが、言語理解は人工知能のなかの一分野でしかない。視覚や触覚を含めるインプットのプログラムと、それを処理計算して行動に移すアウトプットのプログラムが連携して初めて人工知能といえるからだ。
第15話『人工知能を守れ!』では、スカンクが操る「サカボット」によってメトロシティに存在するロボットの人工知能が吸い取られ始める。基本プログラムだけになったロボットたちは、判断能力を失い、町を混乱させ始めた。アトムはサカボットの仕業であることを突き止める。事態を収拾するためにアトムはわざと自分の人工知能を吸い取らせ、サカボットに「知能」を分け与えて、メモリーされていた沢山の人工知能を開放させることに成功する。 AIBOは「AIBO-ware」のなかに「知能」を持っている。いろんな機能を果たすAIBO-wareは16MBのメモリースティックに格納されており、AIBOが日ごろ経験する出来事もこのAIBO-wareに記録されるようになっている。AIBOの行動は、その経験によって段々と変化するようにプログラムされている。そのため、AIBO0-wareを抜いてしまうと、AIBOは基本プログラムだけの単純な動きしかしなくなるのだ。 AIBOのような人工知能を持つロボットは、数々の「イベント(聴覚・視覚・触覚からの入力信号)」に合わせて経験を数値化して記憶する。次に同じイベントが起きた場合は、その記憶に応じた対応をするので失敗したり間違った判断をしたりする確立が低くなっていくわけだ。
人間も子供の頃から経験を多く重ねることによって、社会への適応力(知能)が高まってくる。火にかけられたヤカンに触ると火傷をすると分かるし、他人に叩かれると痛いと分かるし、犬や猫に触れると生き物であることが分かる。 たとえば、これらのイベント(もしくは“火傷”などのイベントの要素)にそれぞれ番号を持たせて、番号を覚えることで人工知能を成長させることは論理的に可能だ。だとしたら、ロボットは実世界に無限に存在するイベントへの対処方法をあらかじめプログラムするか(無限のイベント数を考えると不可能に近いが)、イベントを経験することで知能を得ることになる。 『人工知能を守れ!』のなかで、サカボットをスカンクに作らせて利用していたのはロボット反対論者のケインだったが、ケインの娘テフェの知能もサカボットに奪われたことで、ケインは自分の過ちに気付く。‥‥このエピソードが教えてくれるように、人は数々の経験を積んでも、それ自体を経験することでしか過ちに気付けない場合も少なからずあるだろう。 | |
しかし、人間は経験以外からでも知能を得ることができる点でロボットとは違う。それは「想像力」である。想像力を使うことによって、今まで経験したことがないことでも、新たな事象として捕えることができるようになるからだ。
人間は実生活での経験に加え、本を読んだり、映画を観たり、人から話を聞くことによって、想像力という、脳のなかで仮想のイベントを作り出すことができる。その想像力を活かすことによって、芸術が生まれたり、発明が生まれたりといった、事物の創造性が喚起されたりもする。 原作アトムの第一話『アトム大使』のなかで、ロボット代表のアトムと人間代表のタマオが対決するシーンがある。アトムが積み木を正確に立方体に組み立てるのに対し、タマオは積み木でお城を形作る。手塚治虫はここにロボットと人間の大きな差があることを示したかったのかも知れない。 人は数々の想像力を発揮するからこそ、楽しい人生を過ごせたり、社会に貢献できたりするのではないか。記憶領域にインプットする行動だけではアウトプットのパターンは限られてしまい、人間が持つことができる“想像力”を手に入れることは難しくなるだろう。人間とロボットは互いに得意な領域があり、それぞれパートナーとして共存していくことで、社会はより豊かになっていく。だからこそ、ロボットが実際に育つ現代のなかで、人間は人間にしかできないことを育みたいものだ。 |
   |  |  |  | アトムの背は伸び縮みしていた? 原作で描かれたアトムは30年間のなかで、時代や流行に合わせてアトムのスタイルが少しずつ変わっています。劇画が出始めた1956〜57年頃は足が長く、長靴ではなく短靴を履いていました。あまりスタイルが良くなると人気が上がらないというので、再び可愛らしいアトムに戻されています。また、1966年末にモノクロ版のテレビ放送が終了してからは、額にタイムマシン装置を付けたアトム(『アトム還る』)や、お金や女性にだらしないアトム(『アトム二世』)など、テレビで植え付けたアトムのイメージを打ち壊すような新しいスタイルのアトムが描かれたりもしています。 |  |
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