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チリ皆既日食とイースター島の星空 前編:「チリ皆既日食」

天体写真家/沼澤茂美

α Universe editorial team

地上で見ることのできるもっとも劇的で感動的な自然現象が「皆既日食」だと言われています。各地の神話にも登場し、1国の運命さえも変えてきたこの天文イベントは、科学的にそのしくみが解明され、正確な予測も可能になった現代においても、人々の心を引きつけ、人生観を変えるほどの影響を与え続けています。その皆既日食が去る2019年7月3日(現地時刻2日)南米チリとアルゼンチンの一部で見られました。私はチリの首都サンチャゴから北に500キロに位置する都市「ラ・セレーナ」で皆既日食の撮影を行い、その後チリの4000キロの沖合に浮かぶ絶海の孤島「イースター島」を訪れました。漆黒の夜空に輝く天の川の姿はめまぐるしく変化する条件の中でも圧倒的な存在感を持って眼前に迫ってきました。

沼澤茂美 SHIGEMI NUMAZAWA 新潟県生まれ。天体写真、天文・宇宙関連のイラストレーション作品を多数発表。「月刊 天文ガイド」をはじめ、天文ジャンルの雑誌・書籍で執筆活動、作品発表を精力的に行っている。NHKの科学番組の制作や海外取材、ハリウッド映画のイメージポスターを手がけるなど広範囲に活躍。著書多数。

チリ皆既日食

2017年8月21日の北米横断日食から約2年ぶりの皆既日食は、真冬の南半球が舞台となりました。今回の日食が見える地域は大部分が太平洋上で、陸地で見られるのがチリとアルゼンチンの一部に限られたこともあり、利便性の点から、多くの人達がチリのラ・セレーナに集まり、その数は30万人に達したと伝えられました。私にとって今回は19回目の皆既日食であり、毎回反省と新たな試みを繰り返して来た撮影システムもかなり多様化しました。 皆既日食の撮影は他の星空の撮影とは大きく異なります。星空の撮影は状況を判断しながら自らの心情を反映させるべくさまざまな表現法を模索しますが、皆既日食はその感動的なシーンを再現するのがきわめて難しく、いかにそれを伝えることができるのかと言った、基本的な問題を克服しなければなりません。つまり、撮影機材やテクニック、撮影後の処理に至るさまざまなノウハウの蓄積が必要となります。それは長年の間多くの人達が取り組んできたことであり、いまだに確定した手法が存在しない未知数の多い、裏を返せばとてもやりがいの撮影分野とも言えます。

左は検討中の撮影フォーメーションで、右は、渡航直前のほぼ決定した撮影機材です。カメラはα7R III、α9を中心に10台以上となるため、それに付随する各機材に統一番号を付けておきます。

左は最終的に決定した機材のフォーメーションと付属機器のリストです。図に描き起こすことで、機材の選定ミスや付属品の不足などを回避することができます。右は、現地の撮影前日に決定した各カメラのセッティング内容です。リスト化することで多様で複雑な撮影内容を整理することができます。

皆既日食の撮影のメインとなる太陽撮影は3台の望遠鏡とソニーのFE 400mm F2.8 GMに2倍のテレコンバーターを使用して800mmを用いました。これら4台の長焦点光学系は1台の赤道儀に同架し、正確に追尾しながら撮影を行います。現地入りしてから当日までの天候が良かったために事前に星空を利用して赤道儀のセッティングを正確に行えたのは幸いでした。

皆既日食の撮影対象は非常に多く、今回は太陽が欠け始めてから完全に月が太陽を隠し、皆既日食になるまでの約1時間、そして太陽が完全に隠されて黒い太陽とそのまわりに広がる妖艶なコロナを見せる時間が約2分、そしてその後もとの丸い太陽に戻るまでの約1時間、その間のさまざまなシーンが撮影要素になりますが、最も重要なのが皆既日食の前後1分ほど、合わせて約3分間にほとんどの劇的変化と劇的現象が繰り広げられます。皆既日食前後に、月のでこぼこした縁から太陽の光が先行のように漏れ出して作り出されるダイヤモンドリングはほんの10秒前後しか見られない現象です。ダイヤモンドリングと共に周りの景色は昼から夜に急激に暗転します。空には黒くなった太陽が浮かび、そのまわりにはベールのようなコロナが出現します。空は暗く、いくつかの星を確認することができます。 地平線付近はまるで夕焼けのように赤く染まった空が広がる・・それは非日常的な不思議な光景です。多くの鳥が夕方になったと思い、ねぐらに向かう様子が確認でき、遠くには雄鶏の鳴き声が響き渡ります。町の街灯はセンサーが働いて点灯し、景色は日没直後の様相を呈しています。そんな状況はあっという間に過ぎ去ります。およそ2分の後に太陽の一部が明るくなったかと思うとまぶしい閃光が放たれます。ダイヤモンドリングです。周囲は瞬く間に昼へと戻り、感動と緊張の入り交じった時間は終わりを告げるのです。

内部コロナ:
α9,天体望遠鏡+1.4倍テレコンバーター 896mm相当,F11.2,ISO200,1/60秒,RAW9コマの加算平均
外部コロナ:
α7R III,FE400mm F2.8 GM+2倍テレコンバーター 800mm相当,F5.6,ISO200,1/4秒,RAW9コマの加算平均

皆既日食のコロナ
皆既日食の最大の目的はこのコロナの撮影です。黒い太陽は、実は太陽を隠している月です。この画像はα7R III、α9の豊富な階調をフルに生かしながら、コロナの内側の明るい部分と、外側の淡い部分のディティールを同時に再現しました。月の模様もかすかに分かります。

※コロナの映像はこちらです->
この映像はa9に高速カード(SDXC/SDHC UHS-II メモリーカード【TOUGH(タフ)】SF-Gシリーズ)を用い、定速連写(毎秒8コマ)で連続撮影したRAWデータを用いて作成した高階調映像です。肉眼のイメージにひじょうに近く仕上がっています。大気のゆらぎぐあいも克明に分かります。

他には風景を入れた景観や月の影が空を移動してゆく様子(本影錐の撮影)、そして皆既日食の前後に太陽とは反対側に見られる、陽炎のような平行な波模様が白い壁などに映し出される不思議な現象「シャドウバンド」。さまざまな対象の静止画とムービー撮影が混在し、α7R IIIを主体とした13台のミラーレスカメラをセットしました。これらの撮影システムは約1年をかけて念入りに計画され、さまざまなテストを繰り返して決定されました。そして、出発前にある程度のセッティングと時刻合わせ、ナンバリングを行い、さらに撮影前日にすべてのカメラモード、リモコン、メモリー、バッテリーをチェックします。 撮影は広角による連続撮影や長焦点の部分日食撮影を除いてほとんどが皆既日食の時間と前後1分以内に集中していますが、混乱を避けるために早めにスタートできるものは5分以上前にはスタートし、できるだけ皆既直前のフィルター外しのタイミングに集中するようにするのが賢明です。撮影はリモコンやカメラのオートブラケット機能などを併用して自動化し、撮影開始のトリガーは数名で分担し人の手によって行います。

α7R III,Distagon T* FE 35mm F1.4 ZA
部分日食:マニュアル,F5.6,ISO200,1/1000~1/50秒,眼視用ソーラーフィルター使用
皆既中:ISO200,F5.6に設定し絞り優先でオート撮影

日食の進行
部分日食の撮影は1分インターバルで撮影、皆既日食中は1秒インターバルで撮影し得られたRAWデータをもとに最良のタイミング5分間隔を選択し、比較明合成で仕上げたものです。

※魚眼レンズによる映像はこちらです->
魚眼レンズを用いて1秒間隔で撮影したRAWデータを用いたタイムラプス映像です。空を月の影が移動し、皆既日食中は太陽が影の中に入っている様子が分かります。

感動を写し撮るために

最も重要な撮影と位置付けているのが皆既日食になる寸前(第2接触直前)から皆既日食が終わった直後(第3接触直後)までの太陽の変化、コロナの撮影と言えるでしょう。コロナの明るさの階調はひじょうに広く、1コマの画像でそれを表現するのは不可能です。その美しさや感動をどうやって記録して伝えるかは長年にわたり多くの人達が取り組んできました。幸い今日のデジタルカメラ、特にα7R IIIの階調特性は素晴らしく、コロナの外部の淡い部分から内部の明るい部分、そして太陽の縁に見られる赤い色のプロミネンスや彩層と呼ばれる赤い大気層を一つの画像に表現するのがとても容易になりました。 また、彩層やダイヤモンドリングの微妙な変化、特にでこぼこした月の縁から漏れ出す太陽の光がたくさん連なり数珠状に見える現象「ベイリービーズ」の変化は4K以上の緻密な動画性能によってその感動を伝えることが容易になりました。今回の太陽は高度が13度と低く、大気のゆらぎの影響がかなり大きく認められました。望遠鏡を通してみる太陽のエッジは小刻みに波打ち、それは大口径の400mmレンズでより明確に認識できました。しかしその影響が太陽の光を微妙に瞬かせ、いまだかつて見たことのないような美しいベイリービーズをもたらしたことは確かです。

α6300,望遠鏡+1.7倍エクステンダー使用 900mm相当,F15,ISO200,1/125秒

4Kムービーからキャプチャした第3接触のベイリービーズ
4K映像から20フレーム(2/3秒)間隔でキャプチャした画像を合成しました。彩層(太陽の赤い下層大気)やベイリービーズ(数珠のように連なった光点)が見えました。ムービーでは、大気のゆらぎの影響で色を変えながら変化するベイリービーズがひじょうに美しく記録されています。第三接触(3rd Contact)とは、皆既日食が終わるタイミングを言います。

※元となった映像はこちらです->
第三接触のベイリービーズを記録した4K映像です。低空の大気のゆらぎによって太陽下層の赤い大気「彩層」が小刻みに揺れる様子や、ベイリービーズが拡張して太陽光があふれてゆく劇的な変化をご覧下さい。

シャドウバンドとよばれる不思議な現象

皆既日食の前後、太陽が月に隠されて細くスリット状になったとき、地面や地上の建造物などの壁面に見える波形や縞状の明暗模様を「シャドウバンド」とよんでいます。シャドウバンドは激しく動き、「無数のヘビが這い回っているようだ」とか、「ミミズの集団が動いているようだ」などと形容されてきました。また、この不思議な現象は皆既日食の都度必ず見られるわけでもなく、見えるタイミングも一定ではないこともその神秘性を高めているといえるでしょう。 今回は、ひじょうにはっきりしたシャドウバンドが確認され、しかもシャドウバンドが皆既日食(第2接触)の18分も前から確認されました。このような例は過去に記録がありません。白い壁面にゆらめく波模様は太陽が細くなるに従って細く明瞭となり、皆既日食になったと同時に姿を消しました。

α7R II,FE 16-35mm F2.8 GM,F2.8,ISO400

壁に映し出されたシャドウバンド
この画像は、皆既日食の5秒前の壁面に投影されたシャドウバンドを示しています。30Pで記録したムービーからキャプチャしたものです。中央の白い壁に幾筋もの縞模様が見えます。

※ムービーはこちらです->
ムービーには望遠鏡で撮影した太陽と、幅70センチの白いボードに写ったシャドウバンドの様子がスーパーインポーズされています。

この画像は日食が終了し、海岸沿いの小高い丘に太陽が没する様子をα7R III+FE 400mm F2.8 GM+2倍テレコンバーターで撮影した画像です。大気の影響で太陽の縁が緑色に分光されているのが分かります。

圧倒的な輝度差を持つコロナの輝きや、劇的なダイヤモンドリングの変化の様子、そして淡く微妙なシャドウバンドの様子。これら皆既日食のすべての要素を画像や映像で記録再現することはとても難しいことでした。それがαシステムを駆使することによってかなり忠実に、その繊細で微妙な変化まで表現が可能になった、これは画期的な事だと言えるでしょう。その短い時間に凝縮されたさまざまな表情を読み解くにしたがって、さらに新しい好奇心が芽生え、新たな撮影目標が具体化してゆくのです。

次回は後編:「イースター島の星空」をお届けします。お楽しみに。

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