写真作品
作品説明
私は美瑛町で農業を営んでいる。
雪に覆われた丘で行っているのは、春の農作業を少しでも早く始めるための融雪剤の散布だ。白い雪原に黒い粒を撒き、雪解けを促すこの作業は、長い冬を越えた畑を目覚めさせる最初の仕事でもある。観光地として知られる美瑛の丘も、私たちにとっては日々向き合う仕事場だ。厳しい寒さの中で仲間と作業を続けながら、この丘の風景は人の営みによってつくられ、次の季節へと受け継がれていく。
作品説明
癌末期の義母が最期に帰ってきた日の一枚。最期だとわかっているからこそたくさんの思い出を作りたくてみんなでわいわいと過ごしていた中で、写真を見返したときに見えた本音。息子の一年生の姿を見たかった。もっと成長を見守りたかった。もっと生きていたかった。が聞こえてきた一枚。
川島 小鳥氏 講評
二度と戻らない瞬間を写真は撮ってしまう、という本当に写真ならではの凄さ。明るさと暗さ、喜びと悲しみ、割り切れないものの中に深い余韻を感じました。「本音」という義母の視点でつけたタイトルも非常に秀逸だと思いました。
志賀 理江子氏 講評
共同生活の中に「カメラ」を持ち込み、相手にレンズを向け、シャッターを切ることは、簡単なようでいてなかなか難しい。撮ることと引き換えに私は不自然な振る舞いの人になってしまうような気がするし、目の前の現実を実はそんなに注視して見ようともしていないことが、実に奇妙な形で露呈するからだ。しかし時に、カメラを向けたその人が、私が凝視するより強く、写真を打ち返してくることがある。そんな時、ああなんて、今、この瞬間こそが尊い、と圧倒される。永遠にこの時を覚えておきたいと切に願うような。
作品説明
人間のイメージの記憶は、古くは神話の世界にそのルーツを辿ることもできる。
それは人類の想像力のはじまりの地点でもある。
私にとって世界はずっと未知で溢れている。
写真を撮るとき、そこにはいつもその扉を開くような期待がある。
身体を移動させ、祈りを捧げ、まだ見ぬ地平と繋がりたいという欲求は写真が生まれるずっと昔から人間が持ち続けてきたものだけれど、今では膠着した身体を揺り動かす役割として写真が必要なのだと思う。
川島 小鳥氏 講評
組写真として、見るものの想像力に訴える、作者の高い才能を感じました。あえて被写体も撮り方もそれぞれ異なる写真を、独特の統一感のあるトーンで、「未知なるものへの扉」という創造的なイメージにまとめ上げています。じっと一枚一枚を見つめたくなる、そして深い余韻が残る作品です。
志賀 理江子氏 講評
写真による作品制作は、見えるものだけを表現するのではない、、と私はいつも思う。
図らずも写り込んだものを、もしくは見えなくても、自分が迫ろうとする対象へ、
カメラを向けて能動的に近づくことで写ったものを写真によって新たに見た時、、、撮影する私の内面に力強く駆動する感情や物語を感じることがある。
しかしそこで終わりではないのが、また制作の醍醐味であると思う。
むしろ、撮影が終わる、ここからが問題なのだと思う。
作品説明
日本の山口県美祢市に存在する秋吉台で毎年行われる山焼きの写真です。
この山焼きは600年以上続く伝統的な行為で一見すると自然破壊のように見えますが、精緻な生態系維持のプロセスです。
山を焼くことで景観の維持、森林化を防ぐことで次の命へと繋ぐ行為だと考えています。
この炎は破壊のためではなく循環のための炎。
そこには死があり、犠牲があり、同時に他者への恵みと再生がある。
それを写真に捉えることで次へつながる行為になるだろうと考えて被写体を選びました。
作品説明
台所に湯気が立ちこめ、視界が曖昧になるほどの中で、祖母はいつもと変わらず食事の支度を続けていました。
煙に包まれても動じないその姿が、不思議と強く、印象に残りました。
毎日の営みは、特別な出来事がなくても確かに積み重なっていきます。
その当たり前の強さや、長い時間を生きてきた身体の感覚に惹かれ、距離を保ったままシャッターを切りました。
湯気に満たされた空間の中で続く、静かな生活の一場面です。
作品説明
同棲を始めて3年が経った。
ある晩父としょうもない口論をした私はその勢いで家出した。適応障害で辞職し実家に戻ってまだ5ヶ月だった。その後彼と生活を始めるまでは知り合いの家を転々としていた。
暮らしやすさとは何か?実家は片付いていてよく人が来る開かれた場所だった。ご飯は一汁三菜でいつも美味しかった。だがどこか息苦しかった。今は散らかった部屋で栄養の偏った食事をし毎晩抱きあって寝ている。時々、実家にも帰っている。家族でも距離感が大切だと最近はわかってきた。無条件に相手に期待せず互いを理解しようとすることが暮らしやすさに繋がるのかもしれない。
Time Moving 齋藤 利奈
海原のもとで しゅんたろー
映像作品
作品説明
私たちは、目に見えるものや与えられた情報を“事実”として受け取る一方で、何かを知覚する時、そこには必ず「解釈」が介在します。つまり、私たちの世界の見え方は常に主観と不可分であり、他者には別の“真実”が存在し得るのです。
この映像では、@事実がいかに不確かであるか、A自分の世界が唯一の正解ではないこと、Bそして情報をどう解釈し、どのように向き合うかという“受け手の主体性”の3点を、論理的かつ幾何学的なオブジェクトの変容を通じて視覚化しました。物体がメディアや視点を変えることでまったく異なるものへと姿を変えていく過程を描くことで、「真実とは何か」を観る人に問いかける構成にしています。
大喜多 正毅氏 講評
わずか1分という短い尺の中で、現代の映像を取り巻く状況に鋭く切り込み、「視覚に映るものは本当に真実なのか」という根源的な問いを投げかけた作品です。そして、その問いは作品の中だけで完結するのではなく、最後には観る者一人ひとりへと返されます。映像を「見る」という行為そのものを見つめ直させる作品でした。
大友 啓史氏 講評
映像が持つ抽象性を十分に活かし、明確な主張や批評性を、巧みに作品の底流に埋めた、訴求力を持つ作品になっていると思います。脳裏に残るインパクト・作品の残像は、周到に用意された最後の言葉と相俟って、視聴者に今一度思考する機会を与えます。思わず吹き出してしまうようなエンターテイメント性すらまといつつ、「現在(いま)」を生きる作者の興味の方向性や強い創作的野心を感じさせます。
なぜ映像作品を作るのか KEISUKE HARADA
作品説明
自分にとって映像とは何なのか。
なぜ作品を作るのか。
その答えをこれまでの作品の総集編として一つの映像にまとめました。
人間に最も大切なものは数値では測れない繊細な感受性であり、美しいものに触れたとき言葉に出来ない感動を覚える。
その感動こそが情緒であり、私の原点であり、これからも大切にし続けたいものです。
大喜多 正毅氏 講評
総集編であるがゆえに、選び抜かれた映像の美しさと完成度の高さが印象に残る作品です。しかし、本作の価値は映像美だけではありません。そこには豊かな映像表現とともに、被写体と真摯に向き合い、その関係性を丁寧に積み重ねてきた作り手の姿勢が確かに息づいています。その誠実さこそが映像に深みを与えているように感じました。
大友 啓史氏 講評
過去の自らの作品の断片を繋いだ、総集編ともいえるようなプレゼンテーション。「情緒」という言葉が自身の創作の根源であることが、最後に岡潔の言葉を通して伝えられます。全体から感じられるのは、まさにその、「情緒」という言葉を言い換えたとも捉えられる、創り手の「エモーション」ですね。映像に対する愛情、パッション、熱量が真っ直ぐダダ漏れしている。ひとつひとつの映像の完成度も高く、これからもどんどん創り続けてほしい、素直にそう思える才能ですね。
作品説明
幼馴染の家族を撮りました。
思いは全て動画に詰め込みました!!
よろしくお願いします。
大喜多 正毅氏 講評
幼馴染だからこそ踏み込める距離感と、カメラ越しに被写体を冷静に見つめる絶妙な間合い。その両者が見事に共存することで、被写体に真摯に寄り添い、丁寧な眼差しで向き合うからこそ映し出せる「リアル」が生まれています。
特に、息子さんの率直な言葉を引き出した場面は、偶然に得られたものではなく、長年にわたる信頼関係と、作り手の誠実な姿勢があったからこそ生まれた、かけがえのない瞬間だったと思います。
大友 啓史氏 講評
「幼馴染」という被写体との深い関係性が、「良いさじ加減」で映像に捉えられています。優れたドキュメンタリーが成立する条件=被写体との距離感が、まずはしっかり意識されている点に好感を持ちました。結果、母親と子供たちの、あるいは子供たち同士の率直な会話、リアルな生活感を通して、この家族のチャーミングな魅力を愛情深く自然に伝えていて、そこに何よりもこの作品の魅力があります。長男の母親に対する「飾りのない本音」を引き出すことで、より優れた作品になったと思います。
作品説明
「認識しなければ、存在しない」という主題を掲げ、不都合な真実を知り現実を拒絶する人間の葛藤を描く。成功した並行世界の自分というメタファーを通し、自身の人生が「失敗作」という配役に過ぎないのではないかという残酷な問いを突きつける。
ハッカーのノゾミは、並行世界へ転移する装置で「成功した自分」を殺害し、人生の主導権を取り戻そうと画策する。道中、女の車を奪い、事故を起こしながらも執念深く目的の豪邸へ向かう。「自分が自分を殺し、自分に成り代わって何が悪い」という毒気に満ちた衝動の果てに、彼女は否定したかった「もう一つの現実」と対峙することになる。
Mountain Gorilla ykohiii
作品説明
絶滅危惧種である野生のマウンテンゴリラに出会うため、ウガンダ南西部のブウィンディ国立公園を訪れました。この映像は、ウガンダに到着してから実際にゴリラを見つけるまでの道のりを追った、私にとって初めてのアフリカ旅のドキュメンタリー作品です。
ゴリラに出会えた瞬間はもちろん一生忘れられないものになりましたが、この旅で心を動かされたのはそれだけではない、ウガンダの“今”を目の当たりにする体験もありました。
この旅を通して、私自身が世界の広さと現実の深さを実感したからこそ、感じたギャップや驚き、そしてウガンダの人々のあたたかさや魅力を、少しでも多くの人に届けたいという思いで制作しました。
作品説明
家族の朝のひとときを、ジャズのリズムに乗せて描いた映像作品「good morning」。
慌ただしく過ぎていく朝の時間を、ライブ感のあるハプニングや疾走感のある動きで表現しました。
共働き家庭が増える現代を背景に、身支度や家事のやり取りを通して、家庭の役割や関係性が自然と浮かび上がる内容となっています。
作品説明
学校の2年進級制作展で作成しました。
Sonyを愛しています!!!
-あらすじ-
毎日にイライラしていた高校生のあいちゃん。怒りがマックスに達したその日、イライラで撃つことのできる、”怒りのビーム”を手に入れます。
あいちゃんは電車で足を開くおじさん、廊下を塞ぐ女子、日常にいるうざい奴らを、友達に判断してもらって倒していいかどうかを決めてもらうことに。
短気で元気なあなたに向けて、”怒りが彩に変わる”とびきりのお話をお楽しみください。
※一部作品につきましては、
作品タイトルおよび作家名のみのご紹介となります
「Breakfast 」 山科 彩香
きゅうり泥棒 Daizen Britto
川島 小鳥氏 講評
白と黒を基調とした詩情溢れる視点で切り取った、とても印象的な作品でした。正面から人物を見つめるまっすぐな視線、空から捉えた大地の様子、それらの組み合わせにもとても秀でた表現力を感じました。まるで私がそこにいるかのように伝わる、雪国の寒さや厳しさのリアリティ、そして春を撒くという言葉につながる、その中に美しさや喜びを見出す作者の感性が鮮やかです。
志賀 理江子氏 講評
飛ぶ鳥が見たような空からの風景と、地表近く黒い煙のなかで働く人間達、そして、吹雪が顔に吹き付けた瞬間の表情。さまざまな視点を組写真の中で立体的に交差させ、働く人たちの息遣いを写真の中に感じた。自分たちが日々働く現場を写真により多角に捉えること。写真行為と労働が共にあることで表現されたのは、厳しさと共に、広大な大地が、そこに働く彼らだけに見せる表情のような光景なのだと思う。環境の内側からイメージを紡ぐことの意味を強く私に問いました。