2025年8月1日、My Sonyの方限定の特別イベントが東京・品川のソニーグループ本社(ソニーシティ)で開催されました。登壇したのは、NHKの人気番組『魔改造の夜』に出場し、2つの競技で世界記録を達成したソニーの魔改造チーム「Sニー」(エスニー)。開発の舞台裏や、モンスター(おもちゃや家電を魔改造したマシーン)のその後を知ることができるイベントとなりました。
取材・文・撮影:東京通信社
会場となったのは、Sニー・チームが実際に開発を行った「Creative Lounge」。抽選倍率約20倍という狭き門を突破したMy Sony会員の皆さんが、全国各地から集まりました。スマホで写真を撮りながら熱心に耳を傾ける姿からは、ものづくりへの関心の高さがうかがえます。
『魔改造の夜』とは、NHKで2020年6月から不定期放送されている技術開発エンタメ番組です。毎回、難易度の高いお題と共に「子どものおもちゃ」や「家電」が渡され、それをエンジニアたちが極限のアイデアとテクニックでモンスターに変えて競うというものです。
2022年8月初放映の競技に出場したSニー・チームに課せられたお題はふたつありました。
ひとつは、おもちゃのネコを魔改造し、途中6m落下させながら合計25mのレースで競う「ネコちゃん落下25m走」。もうひとつは、電気ケトルを魔改造し、蒸気の力による綱引きで勝負を決める「電気ケトル綱引き」です。
対戦相手は、自動車関連の研究開発プロ集団「T京アールアンドデー」と、三大重工業の巨大メーカー「Aエイチアイ」でした。ちなみに、どの企業もイニシャルを使った名前で出演しています。ゆえにソニーは「Sニー」なのです。
魔改造の原型となったネコのおもちゃとケトルと勝者に授与される金のスパナ。
冒頭、総合リーダーであり「ネコちゃん落下25m走」のチームリーダーを務めた田中 章愛は、「夜会」(番組)に応募した理由を語りました。
「2022年はコロナ禍が落ち着き始めた頃ですが、まだみんなで何かを一緒につくることや交流することが難しく、特に入社間もない方々はそういう体験がほとんどない状況でした。そんな状況下でまたソニーのものづくりコミュニティを盛り上げたいと思い、応募することにしました。と言いつつ、実は家族ぐるみで番組のファンだったことが最大の理由です(笑)」(田中)
応募にあたり田中が相談したのは、各チームのメンターとなったレジェンドエンジニアの2人です。「ネコちゃん落下25m走」のメンターは、aiboを手がけたことで知られる森永 英一郎。「電気ケトル綱引き」は、PlayStation®のハードウェアの設計の統括をおこない、田中が関わるロボットトイtoio™(トイオ)の設計も手がけた鳳 康宏です。
番組への出演理由を説明する田中。当日はモニターに資料や当時の映像が映された。
当初は、仮に人が集まらなくてもその3人で出場しようと考えていたようですが、社内募集をしたところ約80名が手を挙げ、最終的に2チーム計40名体制での挑戦がスタートしました。メンバーの所属は多岐に渡り、さまざまなスキルを有する者たちが集うソニーグループらしいチームとなりました。
開発期間は6週間、予算は5万円以内というルール。メンバーは、通常業務を終えるとCreative Loungeに集い、魔改造に汗を流す日々が始まったのです。
「ネコちゃん落下25m走」に出場したSニーのモンスターは、「ALKNYAN(アルクニャン)」と名付けられました。まずは、ALKNYANの仕組みについてチームリーダーの田中が解説します。
「6m落下というのが難しい競技でした。アピールポイントはスピードです。スライダー・ダブルクランク機構というものを採用しており、理論値では最高14km/hで走ります。
また、固定式のカイトを装備し、このエアブレーキ作用により落下速度を抑え、姿勢も安定させて、ひっくり返らずに着地します。6m落下の際は、モーションセンサーで落下が始まったことを検知し、足を止めて4つの足で着地することで、着地の衝撃に耐えるようにしています。
着地後は、テレビリモコンを改造した灯台を置き、ネコちゃんは赤外線を避けるようにゴールに向かって走ります。なお、方向の制御に関しては尻尾にソリを付けて、ジャイロセンサーで補正するようになっています」(田中)
落下実験は横浜の倉庫を借りて行い、落としては壊れるを繰り返したと言います。その様子を撮影してデータ解析と実験を繰り返し、しっかりと着地するようになったのは本番の1週間前だったとか。そこから5日をかけて全力で洗練させ、納得いくものに仕上がったのは本番2日前だったと語ります。
一方、全体のメカ設計を担当した内山 了介は、日常業務で落下実験をおこなっていることもあり、落下に関してはあまり心配していなかったと話します。
「それよりも、うまく歩いてくれないことが問題でした。足の形が決まるまでは3Dプリンターで製作していましたが、3Dプリンターでつくったものは落下の衝撃に弱いので、まずは走行実験を繰り返して一日の最後に落としては壊れるを繰り返しました」(内山)
うまく歩かない課題を解決したのは、意外にも落下の衝撃を抑えるために取り付けたカイトだったようです。
「パラシュートとは違い、最初から開いているのでしっかりとエアブレーキをかけることができます。さらに、安定した姿勢でしっかり足から着地するような形につくられています。これは、こうもり傘を逆さまに落としたときの動きから着想を得ました。これが走行時にも活躍してくれたのは意外でした」(土井)
どういうことなのでしょうか?
「カイトが歩行の振動を抑えるスタビライザーになって、うまく歩けるようになったんです」(内山)
内山はカイトなしでうまく歩けなかったことがよほど悔しかったようで、番組後から現在までの約3年間、自宅でコツコツと魔改造を続けていると言います。その発言に、来場者の多くは驚きの表情になりました。
しかも、ALKNYANで採用されたスライダー・ダブルクランク機構だけでなく、開発途中で断念したテオ・ヤンセン機構、さらには番組中でライバル社の「Aエイチアイ」が採用したヘッケンリンク機構まで、さまざまな機構を個人的に試して魔改造を続けていると言うのです。
「それでもまだカイトを使った元のALKNYANに勝てない。でも、そろそろ勝てるかなというところまできています(笑)」(内山)
『魔改造の夜』の影響でしょうか、ものづくりに対する止まらぬ情熱を感じた瞬間でした。
内山は主に足回りを担当。写真は番組後に自宅でコツコツと作った試作品。
「電気ケトル綱引き」は、お湯が沸くときに生まれる蒸気の力を利用して綱引きで勝敗を決めるというものです。今回、会場で展示・実演されたものは「お茶の魔ケトルMKZ-1300N」の2号機「MKZ-130NW」です。『魔改造の夜』に登場した1号機に比べて、約1/6のサイズになりました。
番組出演後に新たなモンスターを制作した理由には、1号機が大きすぎて保管場所に困ったという理由があったようです。しかし、それよりも気軽にイベント出展ができ、人気を集めていたALKNYANチームが羨ましかったと言います。
「蒸気の収縮力=大気圧を使って進む原理は同じですが、イベントに持ち出しやすいサイズにしました。また、1号機は据え置き型でしたが、2号機はタイヤに力が伝わり自走します。この機構を加えたことで、後ろの台車に子どもを乗せて走らせることができるようになり大人気になりました」と、チームリーダーの坂根 領斗は実演を始めました。
2本のシリンダーに交互に蒸気が溜まる様子を間近に見ながら、実際に動く姿は大迫力です。多くの来場者がスマホで撮影したり、機構を覗き込んで観察したりしていました。
会場では番組出演時の開発秘話も2号機を使いながら語られました。
「集まったメンバーはほとんどが初対面でした。また、ソニーでは蒸気を扱ったことがある人は誰もいなかったので、若手もベテランも普段やっている業務も関係なく、みんなでイチからつくりあげていきました。そういった意味ではフラットな関係で取り組めたと思います」(黒田)
当初は蒸気の圧力をそのまま使う、加圧方式で綱を引く機構も考えたとのことですが、「お茶の魔ケトル」は溜めた蒸気を冷やし、液化することで生まれる力(負圧=大気圧)を利用しています。
「勝利はしましたが、本番ギリギリまで一連の動作ができていない状態でした。問題が多発してシリンダーを2本にしたりしながら、動作したのが本番の2日前。翌日に本番に向けた練習をしていたのですが、夜に主要部品のシリンダーが大破して、朝まで直してそのまま搬入しました」(黒田)
当初は130kgfの牽引力を想定していましたが、最終的にパワーが向上して、150kgfまで引っ張れるようになりました。しかし、パワーが増えたことにより、実験するたびにどこかが壊れるという状況になったとのことでした。
「お茶の魔ケトルはサイズが大きいので、お金がかかっているように見えますが、Creative Loungeにあったアクリルの端材や木材、社内で不要になった部品などが使われています。お金のかかるヒーターや回路基板はここで自作しました。ボイラーは、少ない蒸気でも温度変化を少なく安定させ、さらに安いということで市販の真空タンブラーにたどりつきました」(黒田)
当初は、ルール上2.5m引けば勝てることに着目し、一度綱を引き切ったら終わりの仕様になっていました。しかし、本番で使う新品の綱は、競技中に初めて引っ張られたときに少しだけ伸びるということが判明。そこからシリンダーを2本に増やし、最後にモンスター全体を少しだけスライドさせることで、わずかな距離を稼ぐという追加もおこないました。
本番が迫る中でも臨機応変に対応できた背景には、チームの団結と信頼関係があったと言います。
「同じ場所に集まって実際にモノを触りながら、“行けそうだね”という感覚を得ていたので、お互いを信頼しながらやってこられました。そのことがトラブルに対応する能力や経験値となり、スキルが高まっていきました」(黒田)
「ALKNYAN」および「お茶の魔ケトルMKZ-1300N/MKZ-130NW」の開発秘話や実演が終了すると、最後は来場者からの質問タイムとなりました。多くの方から手が挙がったことからも、皆さんの関心の高さが伺えます。
「ALKNYANのカイトは前後で形が違うのはなぜですか?」「お茶の魔ケトルのバルブの制御はどのようにおこなっているのでしょうか?」「設計図のようなものをつくりながら製作したのでしょうか?」というような、ものづくりに関心の高い参加者とSニー・エンジニアとの熱のこもった語り合いがおこなわれました。
また、本編ではあまり語られなかったマネジメントやチームビルディングに関する質問も。たとえば、「短いスケジュールのなかでのマネジメントにおいて工夫されたことは?」という質問に対してケトルチームのメンターである鳳は、このように答えました。
「口だけの提案で議論を重ねるようなことはしませんでした。このプロジェクトは、決められた期日までに現物を届けて勝負しないといけません。また、この部屋にある材料と設備と、自分たちの手だけでつくらないといけません。
そこで、とにかく思いついたらすぐ試す、を徹底するようにしました。自分で試作品をつくってこられないような提案は、このプロジェクトでは何の価値もありません。毎日の終わりにクローズミーティングをしましたが、そこで報告すべきことは、今日やったこと・わかったこと・明日やることの3つだけにしました」(鳳)
また、ネコちゃんチームの北川はエンジニアメンバー以外の重要性を語ります。
「エンジニア以外で参加してくれている人が、実は多いんです。その人たちが陰ながらサポートしてくれたおかげで、エンジニアメンバーは自身の仕事に集中できたのかなと思います」(北川)
イベント終了後も、時間が許すまで来場者の方々は展示物を見たり、「ALKNYAN」や「お茶の魔ケトルMKZ-1300N」をさらに近くで観察したり、Sニーのメンバーに話しかけたりと大盛り上がりの時間となりました。
来場者の方々からは、「実物を目の前で見ることができ、本当の大きさや重さを感じられて楽しかった」「実際に動く姿を見られて感動した」「エンジニアという“人”から、ソニーのものづくりのすごさを知ることができた」という声を聞くことができました。
最後に総合リーダーの田中に、番組出演を機に改めて思う「ソニーらしさとは何か?」について聞いてみました。
「ひとりひとりがみんな楽しそうで、技術やものづくりにこだわりを持って突き詰めるところだと思います。誰にもやらされていないのに、やってしまうみたいな(笑)。そして、今日のイベントのように、人に見てもらうことが大好きなエンタメ精神があるんです。メンバーたちは、こういう時間を本当に楽しんでいます」(田中)
イベント終了後の様子。来場者がSニーメンバーに気軽に話しかけられる時間に。ケトルへの試乗も実施。
ちなみにこちらは社内イベントで制作した走るヘッドホン。魔改造の夜を見たことがきっかけで入社した若手社員が企画したもの。ものづくりへの好奇心は受け継がれています。
ものづくりが大好きで、人に見てもらうことも大好きなSニー・チーム。ALKNYANやお茶の間ケトル2号機は、今後もさまざまなイベントで実物を見られる機会があるかもしれません。そのときは皆さんも足を運んで、ぜひ実物を体験してみてください。