料理のおいしさ、人は体のどこで感じていると思いますか? 舌? もしかして目? はたまた手(手ざわり)から?
実は、人がおいしさを判断するのには五感すべてを使っているという研究があります。味覚だけではなく、視覚、嗅覚、聴覚、触覚すべてを使っている。五感すべてで感じることを、多感覚知覚というのです。
それを示すかのように、「中華やフレンチ、メキシカンには、聴きながら食べるともっとおいしく感じる曲がそれぞれある」「ウイスキーはそれを飲む環境で味が変わる」という研究結果が発表されたりしています。
今回、大人のソニーでは、音と食事の体験の関わりに注目。料理に新たな体験をもたらすチャレンジを続ける2人のシェフに、音と料理のペアリングを試していただきました。その2人とは、「セララバアド」のオーナーシェフである橋本宏一さん、「81」のオーナーシェフである永島健志さん。両名ともに、伝説的レストラン「エルブリ」で修行をしていた過去があります。
「エルブリ」では、フォアグラを泡にして食感を変えたり、トマトジュースから色を取り去って味のみを残したりというアプローチのみならず、薄く伸ばした飴をバリバリと割って食べるデザートなど、聴覚も刺激するというアプローチが行われていました。
人の五感に働きかける料理の世界。そこに、音楽という要素を加えると、いったいどんなことが起きるのでしょうか。
実践:音と料理のペアリング セララバアド×自然音
実際に、音と料理のペアリングを、セララバアドオーナーシェフ、橋本さんに試していただきました。
合わせたのは、ジョー奥田氏のハイレゾ自然音アルバム「AMAMI」に収録されている自然音です。
橋本宏一 セララバアド オーナーシェフ
大阪出身。スペインではEl Bulli (エルブリ) 、Martin Berasategui などで修行。帰国後はsan pau tokyo 勤務。前職はマンダリンオリエンタル東京 タパス モラキュラーバー 料理長。オープン前は2014年レストラン世界ランキング1位のデンマークの nomaを経験する。新しいテクニックを使いモダンでクリエーティブな料理を得意とする。
最初にペアリングを試したのは、「渚」という料理。
貝殻を敷き詰めたガラスの箱のうえに、ムール貝と海藻、ソースをのせた一品です。波打ち際を思わせるこちらに合わせたのは、波が砂浜に打ち寄せる音、「Nagi(凪)」。ハイレゾ音源で聴いていただきました。
「このシーズンの料理は、食べる人の記憶を呼び起こすような仕掛けのものが多いです。この『渚』もそのひとつ。波打ち際の音を合わせると、情景が目に浮かぶようですね。実は、自分でも波打ち際の音を流してみたことがあります。そのときは今回のようにハイレゾではなかった。ハイレゾだと、臨場感が増すというか、その波打ち際に立っているような気分になりますね。すぐそこに海があるような、そんな情景が浮かびやすくなる」(橋本さん)
もう一品、ペアリングを試していただきました。それがこの料理、「朝露」です。
朝、蓮の葉に溜まった甘露を飲んでいるようなイメージが膨らむこちらの一品。葉の上に、昆布だしのジュレにとじこめたじゅんさいがのっています。川のせせらぎの音、「Baby Stream(小さなせせらぎ)」と合わせていただきました。
「やっぱりいいですね、臨場感があります。セララバアドの料理は、このように自然の情景を落とし込んだもので構成されています。なので、自然の音を足すとメッセージが伝わりやすい。自然音によって引き出された、料理を食べるお客さま自身の記憶。それが料理に、さらに豊かさを与えてくれるのです」(橋本さん)
セララバアドでのペアリングのポイント
- 自然音を合わせて情景を思い起こさせる
- セララバアドでは季節の情景を皿のなかに表現する。季節や驚き、懐かしい思い出を感じてもらうのがテーマ。自然の音を足すと、皿に込めたメッセージが伝わりやすい
- 自宅で試すなら…
- ハイレゾスピーカー、ハイレゾ音源で自然音を流すと、よりその場に立っているような感覚にも。過去の自分の記憶が音によってよみがえり、食事がより豊かな体験になる
実践者に聞く:音と料理のペアリング 81×音楽
橋本さんを唸らせた、ハイレゾ自然音とのペアリング。実は、もう1軒のレストラン、「81」は、すでに音楽と料理のペアリングを多く実践しています。いったいどんな考え方で曲を選び、どんなふうに合わせているのでしょうか。オーナーシェフの永島さんに話を伺いました。
永島健志 81 オーナーシェフ
愛知県出身。高校を卒業後、自衛隊 護衛艦の調理室に配属になったことをきっかけに料理人となる。数軒のレストランで経験を積み、エルブリにて半年間学んで帰国。2年後に「81」(エイティーワン)をオープン。1日12席限定、19時と21時に一斉スタートではじまるディナーは、美味しさの先にあるおもしろさを感じさせる。
まずは、永島さんが「81」で音楽と料理を掛けあわせようと考えた出発点をお聞かせください。
「人にとって、音楽はとても大きなもの。映画にしろ演劇にせよ、ストーリーにそって音楽が変わっていきますよね。そしてそれが見る人の感情に大きく作用する。だけど、料理にはそれがほとんどなかったんです。江戸時代の人は風鈴の音で涼をとっていたというくらい、聴覚は五感の中で大きなものがあると思う。そう考えると、体験を提供するレストランに音の要素がないことは不自然にも思えます。時間と空間とをつかってものを提供する側の人間として、音を無視することはできない。そんな考えを持っていたので、自分の店を持つときに、サウンドプロデューサーを仲間に加えるのは自然な流れでした」(永島さん)
81には専属のサウンドプロデューサーがいます。「南まこと」さん。毎シーズン、料理と合わせる曲を、その方とともにつくっているのだそう。
「メニューの構想が完全にできあがってから音楽をつくってもらう、ということはありません。料理も音楽もドリンクも、一緒につくります。シーズンごとにキーワードを幾つか投げかけて、そこに対してあがってきた曲から料理のインスピレーションを得ることもある。料理に音楽を合わせてもらうこともある。料理・音楽・ドリンク、このどれかが先行することはありません」(永島さん)
永島さんからキーワードを共有された南まことさんは、食材が育った土地・食感・81の「破壊と想像」というテーマにそって、さまざまな音を選んで曲をミックスするのだそう。そうしてつくられた曲も、シーズン中同じものが流れ続けているということはありません。81では、キッチンのなかにDJブースが設置されており、そこから客の雰囲気を感じて曲調やボリューム、テンポをチューニングしていくといいます。料理と客席を見ながら変わっていく音楽。81をライブ会場としたセッションが、日々行われているのです。
そうしてつくりあげられる81の料理×音楽のペアリングを、少しだけのぞいてみましょう。
単に「トマト」と言われているこの料理。冷やしトマトかな?といった見た目ですが、実は温かい料理です。濃い目の鰹だしがかかっており、ナイフでトマトを割るとしらすが出てきます。
「この料理には、三味線の音をサンプリングした曲を合わせています。トマトを割って、口に運んだときに現れる鰹の風味、しらすの香り。それを象徴するのは和の音です。81では基本的に洋のものが並びますが、一転して和の空気感を客席に満たすのです」
そしてもう一品、こちらも驚きのペアリングが。
単純に「ハンバーガー」と呼ばれるこちらの料理。まず、合わせるドリンクはシャンパンの王様ドン・ペリニヨンというから驚きです。
「ハンバーガーってジャンクフードのイメージがありますが、シェフが本気でつくったらこうなる、というおもしろさを表現しました。さらに、シャンパンのなかでも最高峰のドン・ペリニヨンに合うものに仕上げる。幾つもの違和感が、この料理のなかにあるんです」
その違和感を繋いでくれる役割が、合わせている音楽にもあるとのこと。
「この料理には、ジャズの男性ボーカリストと女性ボーカリストがセッションしているようなミクスチャーを流しています。ドン・ペリニヨンとハンバーガーのペアリングに、ミクスチャーが合わさる。そうすると、不思議とミスマッチかと思われたものがベストマッチになってくるんです」(永島さん)
さらに、永島さんはこんなことを教えてくれました。
「81では、ゲストが過去の記憶を思い出す『鍵』を、曲で提供しています。料理が出てきて、そのイマジネーションをさらに膨らましていただくために、曲を呼び水として使っているんです。ゲストがこれまでどんな体験をしてきたかによって、拾う鍵は違う。だから、いろんなところに鍵を仕込んでいます。鳥の鳴き声や水の音、森を思わせるような音や焚き火の音を使うこともある、その音がもしいい形でゲストの記憶にあるのならば、81で心地よい体験ができるかもしれない。五感をフルに活用して、記憶というメンタルに迫っていくなかで音を使うのは自然なことだと感じています」
それを踏まえ、料理と音楽とのペアリングを家庭で実践する際のヒントをいただきました。
料理と曲のペアリングを試すコツ
- 自分が好きな曲をかけてみる
- 自分が好きな曲には、さまざまな思い出や感情が隠れている。つくった料理に合うかな?と思った好きな曲をかけてみれば、これまでと違った体験ができるはず
- 選んだ曲をかけながら調理をしてみる
- テンポの速い曲や遅い曲、高音の曲、低音の曲。曲調に影響されて、材料を刻む手つきや味付けが少しずつ変わってくるはず。そうすると、細かいニュアンスが曲と合った料理ができあがるはず
「音の調味料」が食の体験をアップデートする
「自分の記憶を呼び覚ます」。これが橋本さんにも、永島さんにも共通した、料理と音とのペアリングの真意でした。みなさんの食卓でも、料理の素材がとれた場所に関連する自然音や、自分の記憶を揺すぶってくれそうな曲をかけてみると、食の体験がもっと豊かになるかもしれません。
音も調味料にする「ハイレゾダイニング」、ぜひみなさんも実践してみてください。