ソニーイメージングギャラリー 銀座
無辺際に広がる風景や、消費的記号の溢れた都市の断片、何の機能も持たない物体が無人の空間に配置された砂漠のような空間。
物体は常に孤立し、文脈を失っている。
これらのイメージは、一見すると静謐な美を湛えているように見えるが、その裏には深い虚無が潜んでいる。
この作品は、現実の不在を視覚化し、そこに映し出されるイメージ自体が常に揺らぎ、不確定を孕むことを意図している。
写真は、現実を「写し取る」という一般的な期待に反し、むしろ現実の不可視性を露わにするメディウムとして機能する。
光と影の微妙なバランス、鮮明でありながら何かが欠けているように見える構図、そして見る者が意味を探そうとするたびにその意味が消失するような視覚的パラドックスが、この作品の核となる。
無人のビルの内部に差し込む自然光は、かつてその場所が持っていた人間的な文脈をかすかに想起させるが、それ以上の情報は何も提供されない。
この曖昧さこそが、現代社会における「喪の作業」と虚無の関係性を体現している。
イメージが観る者に与えるのは、情報でも真実でもなく、むしろその欠如と不確かさである。
言葉が持つシニフィアンの不確定性を視覚の領域に持ち込み、観る者に意味が常に遅れて到来し、また決して完全には到達しないプロセスを体験させることを試みている。
それは、現代社会における情報過多と意味の不在が交錯する中で、イメージが生き残るための新たな力学といえる。
私がこの作品で実践したいのは、現実がすでに希薄され、社会を動かす機械的構造とそれが支配する生活世界において、意味の過剰とその無効化を発掘する沈黙の力学である。
田 凱

1984年中国生まれ。
桑沢デザイン研究所講師、日本写真芸術専門学校講師、
武蔵野美術大学工芸工業デザイン学科インテリアデザインコース特別講師
機械エンジニアの職業を経て、写真家として活動。
作品制作に加え、写真・デザイン分野の通訳・翻訳、さらに展覧会のコーディネートにも携わる。
それは探し求めるものではなく、
ある瞬間、不意に訪れるもの。
視線が彷徨うとき、
世界が語り始める。
私はイメージを捕まえない。
イメージが私を選ぶのだ。
都市の喧騒の中で、その手は触れない。
むしろ、カメラがそっと撫でるように、
世界を映し取る。
すべては自然に、
あちら側からこちらへと、
私の内に降り立つ。