ソニーイメージングギャラリー 銀座

© Ryutaro Isshiki
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第17回公募セレクション作品 一色 龍太郎 作品展 山に抱かれて 四国

山地が面積の約8割を覆う四国。そこには西日本最高峰の霊峰・石鎚山が聳え立つ。そして、石鎚山を中心に、愛媛と高知両県に跨がり東西に延びるようにして石鎚山脈が広がる。僕はその山脈が、朝に夕に美しく遠望出来る地で生まれ育った。高校一年の夏、初めて石鎚山に登ると山行に魅了され、石鎚山脈にある山々の頂を目指して何度も行った。

いつのころか、登山口や行き帰りの山間や集落で出会う、林業や農業に勤しむ人々の営みや山間風景にも惹かれ、立ち止まっては眺めることが多くあった。黄色くなったトウモロコシを軒下の竿に吊す茅葺きの家。石垣が層をなして山の斜面に広がる段々畑。静かな山間集落で山仕事や農作業に勤しむ人々の姿。陽がすっかり傾きかけたころ、夕飯の仕度や風呂を沸かしているのだろう、山肌に点在する家の煙突から白い煙が立ちのぼる。煙は1日の野良仕事の終わりを告げるかのようにたなびき、ゆっくり広がっていき、うっすらと。そしていつのまにか、そっと消えた。山間で静かにゆっくり流れゆく刻、数々の営みの情景が、心地良いひとときを与えてくれた。

戦後しばらく経った頃から、山間の経済を大きく支えてきた林業や鉱業の衰退が始まり、若者を中心に多くの人たちが、新たな仕事を求めて山を離れていった。山間集落は人口減少と高齢化が進み、人々の営みは年ごとにしぼむ。静まりかえる限界集落や無住と化した集落は数知れず、今も増え続けている。
縄文という往古の時代、すでに四国の山懐には先人たちが住み、自然の恵みと自然の驚異の狭間で逞しく生き、悠久の刻を駆け巡っていった。そして、神仏を尊び豊かな暮らしを求める中で、あまたの地域特有の民俗文化を育んだ。しかしながら、培った文化は人口減少や集落の衰退で継承や伝承ができず、多くが消滅の途を辿る。

自然豊かでしかも歴史ある山間集落、人々がのどかに暮らす日常の風景、そして、先人たちが培い大切にしてきた民俗文化など、このまま何もしなければ消えゆき、将来そこには何も存在しなかったことになるだろう。
「山間の今を写真で残そう」。との念いで四国の山間を訪ねて、歩いている。

一色 龍太郎(いっしき りゅうたろう)プロフィール

プロフィール画像

1951年 愛媛県西条市(旧東予市)生まれ、西条市在住。
高一の夏休み、石鎚山への初登山を経験してから山行に魅了され、大学では探検部に入部。登山や鍾乳洞探検そして旅と、自然を相手によく遊んだ。現在、写真業に従事する傍ら過疎が進む四国の山間で、人々が暮らす風景や民俗文化などを、ライフワークとして撮り続けている。また沖縄の離島や鹿児島のトカラ列島など、南国の島々が持つ風土にも心惹かれ、訪れては市井の人たちの営みと文化など、風物を撮っている。

出版

1998年
とっておき撮影地ガイド(グラフィック社)(共著)
2020年
石鎚山に抱かれて(アトラス出版)

写真展

2010年
『太陽の沖縄』東京 ペンタックスギャラリー
2014年
『太陽の沖縄』西条 ひうちギャラリー
2016年
『石鎚山に抱かれて』東京 リコーイメージングスクエア新宿
2018年
『四国 石鎚山里物語』東京 リコーイメージングスクエア新宿
2018年
『四国 石鎚山里物語』大阪 リコーイメージングスクエア大阪
2019年
『モノクロの昭和』今治 河野美術館
2019年
『沖縄』今治 あさくら古墳美術館
2022年
『沖縄−旅の記憶−』東京 ソニーイメージングギャラリー銀座
2022年
『沖縄−旅の記憶−』松山 愛媛県美術館
2024年
『石鎚山に抱かれて』松山 愛媛県美術館

受賞

1979・2019年
公益社団法人 日本広告写真家協会展(APA展)奨励賞
2021年
愛媛出版文化賞 奨励賞
2022年
日本自費出版文化賞 地域文化部門賞

所属

公益社団法人 日本写真協会会員
公益社団法人 日本写真家協会会員
一般社団法人 二科会写真部会員(理事)