
光と影が引き出すスイーツの美しさ──PX3受賞者が語るライティングの哲学
Thriving Sweets in Darkness
写真家 やまぐち千予 氏
やまぐち千予 / Chiyo Yamaguchi PIYOCAMERA 写真事務所 主宰 広告写真家。飲食・商品を中心に20年のキャリアを持ち、2024年にPX3 ─ Prix de la Photographie, Paris(パリ国際写真賞)広告・食品部門でBronzeを受賞。同年WPE Awards国際写真賞でもSilverを獲得。αアカデミー講師、デジタルハリウッド非常勤講師。関西カメラ女子部(520名)主宰。著書2冊。・SBクリエイティブ『これからはじめる デジタル一眼カメラ 写真と撮影の新しい教科書』・玄光社MOOK『売上がアップする商品写真の教科書』
広告写真で培った表現力を、国際コンテストへ
今回応募したPX3(Prix de la Photographie Paris)は、友人のひと言がきっかけでした。フランス・パリを拠点とする国際フォトコンテストだと知り、自分が長年撮影してきたフランス菓子との縁を感じました。マカロンやタルトなど、フランス菓子を撮影する仕事に長く携わってきたこともあり、その文化を生んだ国のコンテストに作品を届けられることに大きな魅力を感じました。普段から商品や広告の撮影では、被写体の魅力を最大限に引き出すために光をコントロールすることを大切にしています。撮影は自宅をスタジオ代わりに行うことも多く、長年にわたり人工光のみで世界観を構築するスタイルを続けてきました。場所や天候に左右されず、光を完全にコントロールできることが、広告写真の仕事にも今回の受賞作にもつながっていると感じています。
「Thriving Sweets in Darkness」に込めた想い
『Thriving Sweets in Darkness』には、「暗闇の中で際立つスイーツの美しさ」という意味を込めています。表現したかったのは、闇の中だからこそ見えてくる美しさです。光に満ちた場所では気づかないものが、暗さの中でふっと浮かび上がる瞬間があります。その瞬間の持つ力に、以前から強く惹かれていました。今回の作品はすべて自宅で撮影しています。窓から差し込む自然光は使わず、自分でコントロールできる人工光だけで世界観を作り上げました。場所の制約を表現の制約にしない。この挑戦が根本にありました。スイーツは一般的に「明るく、柔らかく、幸せそうに」撮影されることが多い被写体です。しかし、闇の中で静かに浮かび上がる姿には別の魅力があります。自宅という日常の空間で、人工光だけを使って非日常を作る、暗さをネガティブな要素としてではなく、スイーツそのものの美しさを際立たせる演出として活用する、それがこのシリーズのテーマでした。
マカロンの存在感を際立たせる光と構成
作品に登場する花びらやお皿は、甘さや可憐さを添えながらも主役であるマカロンを引き立てるための存在です。存在感はありながらも主張しすぎない、その絶妙なバランスを整えることに最も時間をかけました。光がどこに当たるか、影がどこに落ちるかを計算しながら、位置を決めていきます。使用したレンズはFE 90mm F2.8 Macro G OSSです。マクロレンズならではの高い解像感と、90mmという焦点距離が生み出す自然な圧縮効果が、この作品の表現を支えてくれました。マカロンの表面の細部をしっかり描写しながら、背景はF2.8の柔らかいボケで溶かしていく。シャープに見せたい部分と、意図的に曖昧にしたい部分のコントロールが、このレンズは非常にやりやすいと感じています。
光と影が生み出す「空気の層」
ホワイトケーキの作品では、光の筋や影のグラデーションによって生まれる空気感を大切にしました。光と影が重なり合うことで、写真の中に見えない「空気の層」が生まれます。ホワイトケーキは光を反射しやすい被写体ですが、暗いトーンの中に置いたとき、ドラマが生まれる。暗闇の中でこそ、本来の白さがより印象的に見えるのではないかと考えながら撮影しました。撮影にはα7CとFE 50mm F1.2 GMを使用しています。設定はISO50、F3.2、シャッタースピード1/160秒です。ホワイトケーキ全体にしっかりとピントを合わせながら、背景の光と影のグラデーションは自然に溶かしていく。その繊細なバランスを、G Masterならではの高い解像性能と描写力が支えてくれました。
自宅から生み出すクラシカルな世界観
もし、この作品からクラシカルでレトロな印象を感じていただけたのであれば、狙い通りです。イメージしていたのは、まるで貴族の食卓をのぞき込んでいるような世界観でした。アンティークの食器や花びら、鈍く光る小物を組み合わせることで、どこか格調高く、ゆったりと時間が流れる空気感を表現しています。でも実際のところ、撮影しているのはリビングだったりするわけです(笑)。スタジオでも特別な場所でもなく、自宅の日常的な空間で、人工光だけを使いながら画面の中に別世界を作り上げています。「いい写真にはスタジオや高価な機材が必要」と思われがちですが、光の使い方と被写体の配置を工夫すれば、日常の空間でもまったく異なる世界観を作り出すことができます。その面白さを、αアカデミーの講座や書籍を通じて伝えていきたいと思っています。
光と影は、写真家の意図そのもの
光と影は単なるライティング技術ではないと考えています。何を見せて、何を隠すか。それが撮影者の意図そのものになる。影は「情報を消す」のではなく、見てほしいものを浮かび上がらせるために使うもの。今回の作品制作を通じて、その考えを改めて実感しました。自宅のリビングでも、貴族をイメージした食卓は作ることができる。その光と影の使い方ひとつで、日常の空間は作品の舞台になります。これからも、そうした写真表現の面白さをより多くの人に伝えていきたいと思っています。
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